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映画発掘、第八回 『ミッドウェー・オブ・カートゥーン、アメリカアニメの逆襲』
柳下 徒是有(どぜう)

『トイ・ストーリー』
SFアニメの元祖、『鉄腕アトム』から日本のアニメの歴史が始まったとされている。 チョコレートのおまけ、鉄腕アトムシールによって売り上げが飛躍的にのびた。日本 アニメのキャラクタービジネスの始まりである。
以後、着実に技術を進歩させ、『宇宙戦艦ヤマト』『ガンダム』等熱狂的な支持者を 持つ番組を経て、今にいたっている。
とくに、『ガンダム』は20年以上シリーズが続いており、その中には自作に対するメ タ批評も盛り込まれていた。
技術水準も高い。
他のアニメも、子供向けの域を超えたもの、並の映画を上回る程脚本に力を込めたも の、人物の配置に集客能力を持たせたもの等、多様な作品が現れた。
これほどまでに発達したアニメ文化を持つ国が他にあっただろうか。
『鉄人28号』『聖闘士星矢』『マジンガーZ』等は世界各国で放送され人気を得た。

もちろん、『ドラえもん』はアジアで根強い人気を誇っている。
ここ数年来のドラえもんを観るに、まだまだ力が衰えていないなと感じる。
ハリウッドと対当に渡り合える娯楽産業はここにしか無い・・・はずだった。

1990年代半ばだろうか、”ジャパニメーション”という言葉が使われた。
高品質の日本製アニメと言うだけで無く、過激な暴力描写や性表現、差別や社会問題 等のメタファーも題材にしている、他国には無いアニメの形として(おそらくは主に 日本人が)使用した語である。
だが、今や高品質で人物が描けている、行間が描けている、脚本がよい、等の面でも 、過激な表現でも、米国産アニメの反撃が始まっている。
そしてそこには、”ジャパニメーション”のみならず様々な過去作品の徹底的な分析 があった。
まさしくアニメ界のミッドウェー海戦、はたして先鋭化し過ぎた日本アニメは零戦の ごとく研究し尽くされ撃墜されるのか!そして『ヤマト』は沈むのか!(少し意味不 明)

『トイ・ストーリー』『アイアン・ジャイアント』『サウスパーク』『パワーパフ・ ガールズ』等の作品と、そこから見えるアニメの現在について考察したい。

その壱、『トイ・ストーリー』
今までで一番むかついたアニメ。
理由、ディズニーが製作に関わっているのにすげぇ面白いから。
私見としては、ディズニーには名作昔話を最高の技術と音楽で梱包していても、内容 が硬直しいてそれほど印象に残らない映画を大量生産して欲しかった。

冗談はさておき。
ディズニーの『美女と野獣』『ポカホンタス』『アナスタシア』等に対する評論とし て、現代の人々の意識に合わせ『白雪姫』『シンデレラ』の頃の夢の実現をただ待つ だけのヒロイン像から自立した女性を主人公に据えた映画を云々。というものがあり ます。
確かにどこからも文句のこない内容になるでしょう。
『美女と野獣』の晩餐会の場面の食器達のコーラス、そしてCGによる場内の描写には 感心した。技術面で水準をはるかに超えていることは誰にも否めまい。
しかし、不思議なことにどこかよそよそしく、力強い破天荒さに欠けているようにお 見受けした。
”感心”であっても、より強い衝動である”感動”や”驚き”を呼ぶ作品ではなかっ たようではあった。

が、『トイ・ストーリー』には驚かされた。

世界観
物語は、実はおもちゃ達は人間の目が届かない所では動いている、という驚くべき、 しかしどこか郷愁を感じる世界観のもと展開する。
かたづけたはずのおもちゃが散らばっていて、親に怒られた想い出は有りませんか、 あるいは無くしたおもちゃが探したはずの場所で見つけた記憶は?
それらは全ておもちゃが実際に動いているから起こるのだ。
子供は素直に感情移入し大人は郷愁を感じ、がっちりと心を掴まれる設定ですんばら しいかと。

粗筋
で、アンディ少年の家で話が始まります。
主人公のウッディは、カウボーイ人形。アンディの一番のお気に入りで家のおもちゃ のリーダーである。
家のおもちゃ達の目下の懸念事項は、”誕生日プレゼントが自分よりいいやつだった ら自分達は用済になるのではないか”ということ。
で、やってきたのは、人気の宇宙飛行士人形のバズ・ライトイヤー。
彼はアンディの興味も家のおもちゃ達からの人望も、ウッディを上回っていくように なる。焦るウッディ。
そして同じくらいウッディの神経を逆なでするのは、”バズは自分を本物の宇宙飛行 士だと思っていること”。
当然一波瀾有ります。
ウッディは再び家のおもちゃ達との関係を修復できるのか、バズが自分をおもちゃと 知った時その現実に耐えられるのか。

と、まあそんな粗筋。
まず技術面においては、驚異的な高品質である。
CGの人形達が表情豊かにきちんと演技している。
素材に人形を選んだことが他のCGアニメと一線を画しているはずである。
当時同じような人物の描き方をしたフルデジタルのアニメは、キャラの光沢がプラス チックみたいで異和感があったり、操り人形みたいで気もち悪い動きだったりした。 関節部分の微妙な延び方や、関節の向き等で、現実とCGそしてアニメの絵の間に少し づつ齟齬が生じている為である。
ならば逆に人物がプラスチックでできているなら欠点と利点が逆転する。
そして前述の世界観と相まって、かえって自然に見える演技になった。
あえて一つ欠点を挙げるとしたら、劇中に登場する人間までが少しおもちゃっぽかっ たことくらいだろうか。
とはいえ、これほど演技のできているアニメは貴重である。

脚本
一つの場面に複数の意味が隠されている。また、一度見ただけでは気付くことのでき ない描写等がちりばめられている。
そういった、細かい場所を何度も見直して噛みしめるように味わうことのできるディ ズニーアニメは今までなかったように思う。
少なくとも、そのような楽しみ方ができるものはあまりなかった。

人物造形
また、主人公ウッディが最初から純粋な善意の人ではなく、嫉妬と羨望が最初の行動 動機となり、損得感情が次の動機になり、その次にようやくバズを対当の相手と見る ことできるようになり、友情に辿り着くというこれまた今までのディズニーになかっ た人物なのが良い。
そして、もう一人の主人公バズ。彼は自分を宇宙を守る戦士だと思い込んでいた。が 、当然いつか気が付くことになる。
注意書きに”このおもちゃは飛びません”と書かれていたにもかかわらず、きっと飛 べると信じ、結局は失敗する姿、そして終盤のおもちゃとして飛ぶとこを認めた姿、 これほど感動できる飛行シーンはめったにないかと。

バズもウッディも、人格がまだ未熟である。いわば子供である。
この物語は、打ち解けることのできなかった仲間との協力や、夢破れたものの再起、 焦れば焦る程自体が悪化していく様子に仲間内での些細な誤解、最後には皆揃って成 長する姿、等を描いた、人間世界の鏡でもある優れた作品だ。
子供も大人も、それぞれの視点で楽しむことができる、じつに優れた脚本だ。

その他の登場人物も、じつに良い。
演技派として、皮肉屋で少しウッディを妬んでいるような振る舞いをするミスター・ ポテトヘッド、ウッディと仲の良い犬の人形スティンキー、臆病なティラノサウルス (壊れたおもちゃを見て吐きそうな仕種をするシーンが最高)が挙げられる。

特種能力を生かした見せ場があるのは、双眼鏡、終盤のカーチェイスで活躍するラジ コンカー(ウッディの顔が歪むのは、『ひょっこりひょうたん島』そっくりですが、 気のせいでしょう)。

登場すると映画が別のジャンルになってしまう、あるいは別の映画を思い出させるの は、兵隊人形達(戦争映画みたいになります。「自分の事は放つておいて、先に行つ て下さい」「何を云う、自分達は仲間じやないか。」他)、クレーンゲームの宇宙人 人形(異なる文化を持った惑星みたいでSFしていて面白い)、恐ろしい姿の改造おも ちゃ(ホラーみたいになります。明らかに『遊星からの物体X』の影響が見られます。 )

子供も大人も楽しめる映画、という使い古された言葉がある。
この映画はただそれだけでなく、子供の視点でも大人の視点でも楽しむことができる 、という希有な傑作である。それほどまでによく脚本を練ってある。
脚本だけでなく、個性的な人物と彼等の特種能力を活かした描写、表情豊かな演技、 さらに人間世界を映す鏡としての物語、過去の他ジャンル映画からの引用等、言うの は簡単です。
これらが十分に揃えば名作ができるであろうことはわかりきったことだが。
しかし、莫大な手間暇技術そして予算を必要としたであろう『トイ・ストーリー』、 最もディズニーらしくないが、世界で唯一ディズニーのみが作り得る傑作、だったの かもしれません。



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