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映画発掘、第十二回・『アメリカ凶悪犯映画に見る、放浪願望の狂暴化』
柳下 徒是有(どぜう)

最近TVドラマで『明日があるさ』が高視聴率を記録しているらしい。
現実社会が不況の中、癒しが求められてどうの励ましが必要とされてどうのと言われ ているようだ。
しかし右と言えば左、左と言われれば右を向いてきたひねくれ者の私はあえてこの映 画を紹介する。

『俺たちに明日はない』
舞台は1930年代、実在の連続銀行強盗カップル、ボニー&クライドの出合いと壮 絶な生きかたを描いた作品である。
なぜ30年代なのか、それは大恐慌時代最中だからある、何故大恐慌時代が必要なのか 、それは人々が現実生活に嫌気を催し、新たな自分を求めた時代だからである。

この映画は名作とされており、また初めて銃撃戦で血のりを使った画期的作品と言わ れる。
『俺達に明日はない』の人物達もまた、新たな自分を求めていた。

新たな自分とは何か、何を求めていたのか。
それはおそらく今までのしがらみを断ち切って自由気侭に生きたかったのだろう。
風来坊になってあてのない旅に出る、だれしも一部そんな感情を持ってはいると思う が、その願望がより攻撃的で享楽的になった時、路銀が無くなれば銀行襲撃、邪魔す る者は皆殺し、そうなるのだろう。
現代のぶち切れてしまった人の言葉にすると、
「汗水たらして働いても何も見返りがないこんなつまらない生活やってられるか今日 から俺はアウトローとして生きていくぜ明日なんて関係ない今楽しければそれで最高 だ」
とまあこんな鬱屈した感情が人々の間に染み渡っていたのでしょうなあ。
現代の社会状況と何処か通じる何かが有るはずだ。

『俺達に明日はない』で、銀行襲撃後追ってくる警官達に発砲するシーンの主人公達 は本当に楽しそうだ、バックに流れるアップテンポの音楽もその場の享楽的な雰囲気 をいっそう強めている。
発砲の度屈託なく笑い転げる彼等は本当に楽しそうだ。

また、世界各地の事件にはそれぞれの文化、風土の育てた典型があると思う。
切り裂きジャックのイメージは霧の中から現れる。
同様にアメリカの代表的な凶悪犯は旅の人である。
『俺達に明日はない』の他に『明日に向かって撃て』でもあちこちの銀行を襲撃し渡 り歩く凶悪犯である。
『W(ダブル)』の殺人鬼はお父さんである、理想の家庭を作ることを目的にして母子 家庭の母と結婚する、だがその家庭が自分の求めていたイメージとずれてしまうとお 父さんは家族をぶち殺して過去を精算し、少し寂しそうにしかし(手前勝手な)希望 を捨てずに口笛を吹きながら再び旅に出るのだ。
現実にも、300人を殺したとされるヘンリー・ルーカスがいる。彼は二十年に渡り 全米各地を移動しながら殺人を重ねたと言われるが、実際は何人なのか誰にも判らな くなっている。

アメリカンドリームは放浪願望である。すなわち「新天地にはより良い生活がある」 の一言に全てが結集されうる。
これは古くはロマン主義時代に始まったものだろう、つまりアメリカ建国とほぼ同じ 歴史を持つと考えても良い。ロマン主義文学時代の主人公はヨーロッパでの生活が上 手く行かなくなり、新大陸に行くことを決意する。新天地でよりよい生活を。
西部開拓時代も同じく、新天地を求めた時代である。新天地でよりよい生活を!
歴史のない移民の国としてのアメリカが人工的につくり出した神話、ディズニーの世 界が最終的に辿り着いた結論も、「退屈な日常世界を抜け出して新天地へ向かおう」 である。

ボニーとクライドの最後の顛末は映画史上あまりに有名だが、彼等にはこの終わり方 しかなかったのだろう。
もちろんモラルの面から見て彼等にはあの最後しかないであろうが、しかしそこには 無法者として生きてきた者の崇高な幕切れでもあるのだ。

全く逆の終わり方をする物語、例えばハッピーエンドのドラマでも「めでたし、めで たし」の次を描いてはならない、描かれた主人公たちのその後は非常に色褪せて感じ る、だから最も幸せな瞬間でぷつりと物語は幕をおろす。それに似た感じだ。

誰しもが持つ放浪願望そして新天地願望、鬱屈した時代故に願望がもっとも反社会的 な形で噴出してしまった20年代を描く。
だからこの映画は不朽の名作に成り得たのだ。



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