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映画発掘、第十一回・『羊たちの沈黙』続編『ハンニバル』公開記念、元祖精神科医 サイコキラーの源流を探る。その名は『カリガリ博士』
柳下 徒是有(どぜう)

十年前、『羊たちの沈黙』が大ヒットしました。
以後、陰惨な殺人事件が起こる度に「『羊たちの沈黙』のモデルとなった元FBI捜 査官の”プロファイリング”による分析を云々・・・。」「この事件の犯人は”サイ コパス”つまり反社会的な人格障害が有る事も考えられ・・・。」
その他、様々な事例において人々の言語感覚を塗り替えるほどの影響力を持った作品 と言えます。
当然、多様な作品に影響が現れています。

犯人のほとんどが精神的外傷(トラウマ)を持ちプロファイリングがやたら万能にな っている『サイコメトラーEIJI』
模倣快楽殺人犯を追う精神病の精神科医『コピーキャット』
(余談だが、『コピーキャット』自身が『羊たち〜』の模倣である点が模倣連続殺人 犯である犯人の姿と重なって、趣がある。また、精神科医が『エイリアン』とタメで 戦えるお方なので、スリルが著しく減少して味わい深い。)
おそらく、やたら”精神分析”された『エヴァンゲリオン』も『羊たち〜』がなけれ ばこのような形にならなかったのではないだろうか。

だが、『羊たちの沈黙』も突如虚構世界に現れた作品ではあるまい。
剥製作りを趣味とするトラウマ青年の『サイコ』は『羊たち〜』の犯人につながり、 『ハニバル・レクター博士』には文系という違いこそあれど今までの多数のマッドサ イエンティストから来た流れがあるはずである。

マッド理系の元祖は『フランケンシュタイン』『ジキル博士とハイド氏』『ドクター モローの島』の三つくらいに収束できるとされています。
そのなかでもおそらく映画化の時期の古さも影響力の大きさも『フランケンシュタイ ン』が大きく抜きん出ているはずだ。
では、物語の中で、悪の道に走った精神科医の元祖は誰なのか。

それこそが『カリガリ博士』である。
映画におけるサイコキラー精神科医の元祖というだけでなく、大変にエポックメイキ ングであり、最も古い映画の一つでありながら後の作品にいまだ影響を与え続けてい る映画なのである。

影響を受けている作家の例には、漫画家の高橋葉介氏の作品には『カリガリ博士』の 人物の名前や何処か歪んだ街の風景、狂人の妄想系のオチ等が挙げられます。

しかし、もっとも大きくかつ明らかな影響を受けているのは『バットマン』『バット マン・リターンズ』『シザーハンズ』『ビートルジュース』『スリーピー・ホロー』 『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』『エド・ウッド』などの監督であるティム・ バートン氏でしょう。

『バットマン』『バッタマン・リターンズ』の黒と白を基調とし、ねじれた影を写し 出す表現主義と通じる街の美術造形、『ビートルジュース』の全ての階が歪んでいる 建物、その他多くの作品に表れるねじれた階段やゴッホの絵のように曲がりくねった 木々に道、市松模様の舗装道路。
人物造形では『バットマン・リターンズ』の悪役、ペンギンの姿はカリガリ博士とそ っくりで、『シザーハンズ』の人造人間の外見や歩き方はカリガリの部下ツェザーレ にそっくり、その他多くの作品で主人公は黒と白を基調にした服を着る。
(余談ですが、『シザーハンズ』の主人公を演じるジョニー・デップは映画デビュー 作が『エルム街の殺人鬼』だそうで、そのことが手が鋏の人造人間を演じたことと何 か関係があるのかもしれません)

現在、サイコキラー映画ではチェーンソーを持った人が追っかけてきたり人体が挽肉 機でぐっちょんぐっちょんに破壊されたり宇宙電波を受信したライフル魔が幸せそう な人々の頭を吹っ飛ばしたり何となくハロウィンのマスクをかぶって連続殺人したり する人々が多数を占めており、サイコキラー映画には残酷で下品で低俗なものという イメージがついて回っています。
しかし百年ほど前、映画ができたばかりの頃、人々は全く違う目で虚構世界を見てい ました。

サイレント映画傑作でなおかつドイツ表現主義の代表とされる『カリガリ博士』( 1919年)ですが、悪役のカリガリ博士が行うことは、目的が皆目見当つかない(まぁ 精神に異常をきたしていますから)実験的予告殺人です。
まさしくサイコキラーの元祖と呼べるでしょう。
この作品中でカリガリ博士はこう述べます、
「私にはあらゆることが可能だ、たとえ殺人でも」
つまりこのころ映画の世界の中で殺人は「あらゆること」と同列に扱われるほど至難 なことだったのである。(つまりそれほど映像倫理が厳しかったととることができる わけですね。)
これだけ大きなことを言う割に、直接的な殺人シーンは一つもなく、ほとんど事件は 噂の形でしか表現されていません。
また、舞台が全て書き割りです。
したがって、現在の人々が観賞しても、この映画のどこが恐怖映画なのかわからない かもしれない。ひょっとすると、ほんとの基地外さんが作った映画だと思う人もいる かもしれません。
しかし、たとえ派手に血飛沫をあげ内臓をまき散らすとしても『カリガリ博士』以上 に洗練された作品になるかといえば、それも疑問でしょう。

確かに『カリガリ博士』は今のホラー映画と比べると恐ろしく古臭く見える内容です が、同時に今の映画よりソフィスティケートされており、恐ろしく古臭く見える美術 ですが様々な作家達に今でも大きな影響を与え続けています。
その影響力の明確さは最初期の『フランケンシュタイン』(1910)を凌ぐほどです。 元祖サイコキラー『カリガリ博士』にはまだまだ映画の財産が埋もれているように思 えてなりません。

シルクハットにコート、片眼鏡のあやしげな奴、これが『カリガリ博士』 カリガリ




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