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火災報知機
慶野 響

 みなさんは、火災報知機のボタンを押したことがありますか? そう、大きい建物なら必ずと言っていいほどある、壁に付いている赤いアレです。
 これは私の友人が聞いた話なのですが、昔、ある中学校で、火災が起きたわけでもないのに、一人の女子生徒がこのボタンを押してしまったんだそうです。なぜ押してしまったのかは分かりません。ふざけてでしょうか、何かのはずみで押してしまったのでしょうか。ともあれ、彼女の指はボタンを保護している樹脂板を押し破り、ボタンを押下するに至りました。
 当然、けたたましくサイレンと警報が鳴り響きます。三号館一階で火災が発生しました——火災が発生しました——
 彼女は慌てます。押しこんだボタンを引っ張れば、とりあえずサイレンは止まるのですが、彼女はそれを知らなかったらしく、ただおろおろするばかりでした。辺りには他の生徒の目もありましたから、これだけ注意を集めてしまってからでは逃げることもままなりません。
 彼女は焦りました。このままでは怒られてしまう。やってはいけないことをしてしまった。火災が起きたわけでもないのに押してしまった。どうしよう。どうしよう。どうしようどうしようどうしよう——
 すぐ逃げなかったことや、この程度のことでここまで追い詰められてしまったことからしても(鳴り響くサイレンと周囲の目の中に晒されれば、誰だって冷静ではいられないとはいえ)、彼女はひどく真面目な性格だったのでしょう。すると、やはり間違えて押してしまったのかもしれません。
 彼女は追い詰められました。せめて、サイレンを止める方法をだけでも知っていれば違ったかもしれません。彼女は取り乱し、焦り、そして——
 それからすぐに職員が駆け付けたそうですが、もはや女子生徒の姿はどこにもありませんでした。あるのは、目の前で勢いよく炎を上げて燃えている、人サイズの物体だけでした。
 息を呑む職員の前で、彼女は——全身を炭化させながら——笑って言いました。
 先生、火事です。

 周囲にいた生徒たちの話によれば、彼女は火元もないのに突然燃え上がったのだということです。状況はともかく、人体が突然発火する現象は、世界にも例があります。このケースでもたまたまそれが起こったのでしょうが——追い詰められた彼女の心が、そういう現象を引き起こさせたのだと、そう思いたくなりますよね?



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