被告の敗北宣言

弁護士  在間秀和


 今回、三人の先生方を市芦に戻したことは、実質的な市教委の敗北宣言だと断言して差し支えありません。
 5月27日に予定されている判決を目の前にして、何故に三人の先生方を戻す必要があったのか。
 理由を取り繕うことはいくらでもできるでしょう。しかし、敗北を自認したとしか考えられません。

 市教委は、今回の辞令の後に裁判所に「弁論再開」を求める書類を出してきました。
 その趣旨は次のような意味です。「現在、裁判は事実審理が終結して判決を迎える段階になっているが、今回鈴木・吉岡両氏を市芦に戻したから、原告らの訴えの利益は失われた。
 裁判は、原告の訴えの利益がないことになるから、処分の当不当を判断するまでもなく、『却下』すべきことになった。

 従って、鈴木教諭・吉岡教諭を市芦に戻した、という事実を裁判所が確認するために弁論を再開し、その上で『却下』の判決をすべきだ。」というわけです。これは全くのまやかしです。 

 なぜかと言うと、次のちぐはぐなことがあるからです。
 処分をした原告の教諭を市芦に戻した、ということになれば、麻田先生はすでに裁判係属中に戻っておられます。
 しかし、市教委は、麻田先生に関してその訴えを「却下」しろとは言いませんでした。

 今回の書面で、麻田先生についても鈴木・吉岡両先生と同じように却下せよ、というのです。
 もし、今回の異動で「原告の訴えの利益がない」ということになったのであれば、昨年審理が終結するまでに、麻田先生についても「却下せよ」と求めていなければ意味がありませんし、趣旨は一貫しません。

 私たちは、今処分を争っている先生方を仮に異動という方法で市芦に戻したとしても、処分が撤回されているわけではありませんから、目に見えるところでは給与面においても大きな不利益を被ったままになります。
 私たちの要求は、あくまでも強制配転の処分が取り消されない限り裁判を続けざるを得ない、との主張を展開してきました。

 如何に市芦に戻したとは言え、それにより不利益がなくならない限りは裁判は続けられなければなりません。
 また処分の当不当の判断も裁判所により示されなければなりません。
 この点を認めざるを得なかったからこそ、麻田先生の訴えに対しても市教委は「却下」を求めなかったのです。

 ところが、今回、麻田先生を含めて市芦に戻した先生方について、訴えを「却下」せよ、と市教委は言い出したのです。
 これは即ち、市教委自身が、「訴えの利益」がなくなった、ということを言っています。
 これは、私たちの理解では、「処分の撤回」という意味でしかあり得ないのです。

 即ち、市教委は、「処分の撤回」をしたからこそ、「訴えの利益がなくなった」と言っているとしか考えられないのです。
 市教委は、直ちに「処分の撤回」に伴う様々な救済措置をとるべきでしょう。

 今回の異動が正に判決直前になされ、また、それに伴って「弁論の再開」を求めるという策動は、市教委の裁判引き延ばし作戦としか考えられません。
 彼らは、何としても敗訴判決を避けたいのです。もし彼らが処分に自信があり、勝訴判決を確信しているのなら、今回のような姑息な「弁論再開の申立」などする必要はないでしょう。堂々と判決をもらえば良いのです。

 このようにどう考えても、今回の市教委の対応は、敗北を宣言したものと受け止めざるを得ません。
 私たちは、残る五名の先生方の早期の復帰を求めて闘いを続けていく必要があるでしょう。
 最後まで共に闘いましょう。