市芦処分取消請求公判 判決(要約)

(1999年9月30日 神戸地裁判決言渡)
判決文構成

主文
一 被告が、別紙1記載の原告らに対してした各処分を、いずれも取り消す。
二 原告石橋幹夫及び同吉岡治子のその余の訴えを、いずれも却下する。
三 原告深沢忠のその余の請求及び原告河村央也の請求を、いずれも棄却する。
四 (訴訟費用の負担について)

事実及び理由


第一 請求
第二 事案の概要
第三 争点に関する当事者の主張                  
第四 争点に対する判断
      

一 別紙2記載の各処分について
原告石橋及び同吉岡に対する処分で、市長部局への併任については被告(芦屋市教委)にその取消を求める請求は不適法。

二 甲請求争点1(本件転任処分の不利益性)について
1 被告は、転任処分は任命権者の裁量によって自由に行い得るもの、原告らに不利益もないので転任処分取消を求める法律上の利益がないと主張する。
(一) しかし、本件では以下の事実が認められる。

1 鈴木以外は指導員に変更し、係長になれない職であり、教諭から指導員への転任は原告らのみである。  

2 原告らに、教職調整額、義務教育等教員特別手当が処分後に支給されてない。

(二) 高等学校の教諭が、免許資格を要し、学校教育に関する専門的な知識、経験を必要とする教育職員であるのに対して、本件転任処分は、これと業務内容を異にする事務職員への転任であること、原告鈴木を除く甲請求原告らは指導員として転任処分を受けているところ、芦屋市において、教諭として学校教育に従事してきた教員が指導員へ転任した例はなく、指導員は、指導主事と異なり係長以上の職に就くことができない職であることを総合すると、本件転任処分は、甲請求原告らの身分ないし俸給に具体的な不利益を生ぜしめるものであり、不服申立の対象となる不利益な処分であるというべきである。 

 

三 甲請求争点2(市芦高への復帰後の本件訴えの利益)について
 原告麻田、鈴木、吉岡は復帰したが、本件転任処分が取り消されない限り、甲請求原告らが本件転任処分後市芦高への復帰までの間に有するはずであった教職調整額等の給料請求権その他の権利、利益につき裁判所に救済を求めることができなくなるのであるから、本件転任処分の効力を排除する判決を求めることは右の権利、利益を回復するために必要な手段と認められるのであって、市芦高への復帰によってもなお右原告らの本件処分の取消しを求める訴えの利益は失われないものと解するのが相当である。
 

四 争点3(本件転任処分にあたっての甲請求原告らの同意の要否)について

1 教員の事務職員への転任について               

 指導員は地教行法31条第2項の事務職員に該当する。
 本件処分は地公法の転任であり、当該職員の同意を必要とする規定は存しないので、転任について当該職員の同意を要すると解することはできない。

2 指導員への転任処分が実質的に降任処分であるとの主張について

 指導員が指導主事と異なり係長以上の職に就くことができず、教員における免許資格のような特別な資格を要しないことを勘案してもなお、教諭と指導員との間に職制上の上下関係があるものと弾ずることはできず、本件転任処分が実質的に降任処分に該当すると速断することはできない。

3 人事異動の際の労使慣行について
 教員の転任処分について当該職員の同意は必要でないので、被告が書面による異動希望調査を行っていないからといって違法であるとはいえない。
 

五 本件転任処分(鈴木)について

1 地公法上、転任については具体的な要件は規定されていないから、任命権者である被告市教委は、教育効果の向上という教育行政上の目的を達するために、職員をその管理下にある教育機関に適切に配置すべく、職員の転任について広範な裁量権を有するというべきである。                 
 しかしながら、右の裁量権は無制限なものではなく、当該転任処分に合理的な必要性がなく、他の不当な目的から出たものであることが明らかであるなど、社会通念上著しく妥当性を欠くもので、その裁量権を逸脱ないし濫用したと認められる場合には違法、無効となると解するのが相当である。とりわけ教員については、教育基本法6条においてその身分の尊重が定められていることに照らし、他の職種への転任の必要性・合理性についてはこれを慎重に判断する必要があると解すべきである。

2 鈴木の転任処分の必要性・合理性について            
 過員解消、転任先の業務内容を検討して、年度途中に転任してまで専任の事務職員として配置するほどの差し迫った必要性があったとは認めがたい。
 63総体という体育事業の事務において、なにゆえ行政経験のある一般職員又は体育科の教職員でなく、社会科の教諭である原告鈴木が適任であるのかという点について、これを合理的に説明することができない。
 以上、本件処分はその必要性・合理性を欠くもので、相当でないといわざるを得ない。
 

六 昭和六二年度転任処分について            
 市芦高においては、定数条例の改正に伴い定数外の過員を生じ、これを解消する必要性があったことが認められる。しかし、前記のとおり、転任の必要性・合理性の有無については慎重に判断する必要があることから、以下、各原告ごとに検討する。
 

七 森村の転任処分の必要性・合理性について
 被告の原告選任理由で、図書館における読書相談及び読書指導について、図書館の事務分掌に項目がなく、原告の従事した業務は、同人の教職員としての経験を活かすものとはいい難く、同人を図書館に転任させる必要性があるとはいえない。
 また、臨時的任用職員でなく原告を処分対象にした合理的理由を見いだすことができない。
 したがって、本件処分はその必要性・合理性に乏しいといえる。
 

八 滝山の転任処分の必要性・合理性について
           
 本件処分当時、文化財係において、発掘調査業務の増大により人員の増員の必要性があったことが認められる。
 博物館学芸員資格を有する原告を選択したことはそれなりに理由があるかのごとくである。
 しかしながら、増員の対象としては、発掘調査の専門的技能を有する職員が望ましく、学芸員資格有資格者が直ちに発掘調査担当職員となれるわけではない上、原告滝山が従事していた業務は教育職員としての経験が活かされるものとはいえない。
 他方、市芦高において昭和六二年度に社会科の教員を減員する合理的理由を見出すことはできないし、同校教員らは本件処分(滝山)に先だって前田校長に対し右の点を指摘していたのである。本件処分についても合理性があるとはいえない
 

九 小川の転任処分の必要性・合理性について
           
 みどり学級に正規職員を配置する必要性は認めることができる。
 しかし、乳幼児担当の機能回復訓練の充実のためのものであり、要求する正規職員は理学療法士等の専門職員であったと認められ、原告小川は社会科教員であり、このような障害児の機能回復訓練の知識・経験はなく、他方、前記の通り、市芦高では、社会科の教員が減少したことにより、新たに時間講師3名の採用を余儀なくされていることからすると、原告をみどり学級へ転任させる合理性に乏しいものといわざるを得ない。
 

一〇 麻田の転任処分の必要性・合理性について
           
 (被告は原告麻田への1年間の県教委への出張命令の目的について、「63高校総体の関係事務を中心とした県体育保健行政事務の実務を学び、今後の芦屋市の行政運営の参考にする」と主張しているが)原告麻田は、兵庫高体連の事務を主に行っており、実行委員会事務局(高校総体)での業務は行っていないと認められる。

 また、被告は本件出張命令期間中の研修内容について、途中報告又は終了後の復命を求めておらず、証拠、及び弁論の全趣旨によれば、原告麻田が出張中どのような業務を行っなっていたかについて被告がこれを把握していたとも認められないことからすると、研修を目的とする本件出張命令について、被告がその必要性をさほど重視していたとは認めがたい。

 また、本件出張命令後の体育館青少年センターでの業務については、麻田が体育行事の企画、運営に他の職員とともに従事していることは認められるものの、同センターに麻田を配置する必要性・合理性の存在については本件証拠上必ずしも明らかでない。
 これに、右認定の本件出張命令期間中の麻田の不利益(県の勤務時間が芦屋市より週二時間多いが、原告麻田はその時間外手当を受領していない)をも考慮すれば、本件転任処分は、その必要性・合理性に乏しいものということができる。
 

一一 石橋及び吉岡の転任処分の必要性・合理性について
       
 被告は、原告石橋及び吉岡の転任の目的として、理数系科目の充実のほか、専任指導員制への移行をもふまえた学促学級の充実を図ったと主張する。
 しかし、石橋は理科教員で、吉岡は美術科教員であるが、学促学級ではこれらの科目の授業は実施されておらず、その予定があったとも認められない。
 また、業務内容は、石橋及び吉岡の教職経験を活かす業務であるとは言い難く、専任指導員制への移行後も学促学級の専任指導員に選任されていないこと、平成2年度からは事務分担が啓発事業のみに限定されていること、同人らの転出後、上宮川文化センターでは職員の補充が行われていないこと等の事情に鑑みれば、石橋に学促学級で指導経験があること及び吉岡が小・中学校教諭の免許を有していることを考慮しても、同人らを上宮川文化センターに転任させる必要性・合理性は乏しいということができる。
 

一二 深沢の転任処分の必要性・合理性について
           
 市芦高において、昭和63年度に理科教員を2名減員する必要性は乏しかった(教員定数に臨時的任用職員の助教諭は含まれないので、定数条例改正後の昭和63年4月当時、教諭29名、助教諭3名の配置では市芦高では過員は生じておらず、理科教員が2名転出した後に1名が転入していることから、理科の教員の減員の必要性は、仮にあったとしても1名に限られていたと認められる)ものの、教育研究所職員を増員する必要性はこれを肯認することができる。

 本件処分当時、教育研究所においては教育工学の研究を進めており、その研究者を育成するため、理科教員である原告深沢を選択することには、一応の合理性が認められる。

 しかし、転任の際の人員選択については、もとより余人をもって代え難いほどの厳格な合理性までは要求されず、原則として任命権者の相当な裁量によるものであれば足りると解するのが相当であるけれども、深沢と同様に理科教員で、勤務年数及び年齢についても差異を見出し難いS教諭は、情報処理に関する県教委の研修を受け、県教委から中級教育工学指導者の資格を授与されており、被告もこれを認識していたはずであるのに対し、深沢はそのような資格及び経験を有していなかったのであるから、教育工学の研究の必要性の点からは、深沢よりむしろS教諭を選択するのが合理的であることは明らかである。

 よって、本件処分は異動先である教育研究所の増員の必要性は認められるものの、市芦高における異動の必要性及び人員選択の合理性に乏しいものといわざるを得ない。
 

一三 不当労働行為について
                    

1 証拠による事実認定

2 (被告は原告らの組合活動を認識していた)          

 原告らは分会の委員長ほか組合役員として組合活動に従事しており、昭和61年7月の松本教育長の就任以降、市芦高における教育方針及び学校運営等をめぐって被告と分会は対立状況にあり、本件転任処分は、いずれも右対立時期に、組合活動に積極的な原告らを対象に行われたものであることが認められる。

 被告は原告らの分会における役員暦及び組合活動について知らない旨主張するが、被告は分会との間で度々団体交渉を行っており、また、分会は被告及び前田校長に対して抗議行動をしているのであるから、原告らの役員暦及び組合活動についてある程度は認識していたと推認できる。

3 松本教育長及び前田校長の言動について          

 前田校長は昭和62年9月ころ、兵庫県教育新聞に同人が執筆した「雲のはれまに」と題する文章において、校門指導の強化等が職務命令の乱発と評されたことについて「建設を忘れ、破壊か現状維持に没頭するどこかの輩とは違う」と暗に分会を批判した文章に続けて

 「この間9名の非組合員が誕生した

 と記載した事実が認められる。
 右文章からは、同人が本件処分当時、分会を嫌悪し、非組合員の誕生を歓迎していたことが窺われる。

 松本教育長は、教育雑誌である週刊教育PRO平成3年6月25日号に、退任後の発言として

 「私が教育長に就任したときは組合加入率は96%くらいでしたが、私の在任中に75%まで減りました」「私はどうしようもない教師を芦屋市から放り出しました」等、

 教職員の組合を敵視し、市芦高から分会組合員を排除する目的で転任処分を行ったことを示す文章が記載されている。

 被告は右の記事は誇張されたものである旨主張するが、この雑誌が教育に関する専門的な雑誌であることを考慮すれば、右雑誌の編集者が、松本教育長が何ら発言していない内容について不正確な理解の下に記事を執筆したとは考え難いことから、右の記事が松本教育長の発言を忠実に再現したものではなく、多少の誇張が含まれているとしても、同人が教育長退任後に分会を敵視する趣旨の発言をしたことは充分窺えるのであり、同人が、教育長在任中も分会を敵視していたことが推認される。

4 本件転任処分の手続きについて                

 前記のとおり、地方公務員である教員の転任について、当該職員の同意を必要とすると解することはできない。
 しかし、本件のように、教員を学校教育以外の職場に転任する処分でかつ被処分者の意思に反することが容易に予想される場合、転任に際しては事前に本人の意思を打診し、転任先について説明を行うのが望ましいといえる。

 この点、前記のとおり、被告は、本件転任処分に際して被処分者たる原告らの意向を聴取することなく、また、異動の内示についても、行わないか、又は転任処分の直前に行っているが、このことから直ちに本件処分が違法であるとはいえないにしても、教員を被処分者の意思に反して学校教育以外の職場に転任する手段として性急であったことは否めない。

5不当労働行為性についての判断                

 原告らは、本件転任処分後11年間ないし12年間以上経過した現在に至るまで未だに学校教育の現場から離れているのであり、右状況は、人事が停滞しがちであるなどの被告の主張を前提としてもなお、教員免許を有し、学校教育に携わってきた原告らに対する人事措置として異常なものといわざるを得ず、被告の主張する人事交流の目的に沿った措置が採られているとは到底認められない。

 これに加え、前記のとおり、前田校長及び松本教育長は分会を敵視する言動をしており、また、芦屋市において学校教育に従事する教諭から指導員へ転任した例は原告らにたいする転任処分しかない。

 これらの事情からすると、本件転任処分は、被告が、原告らを分会における組合活動を理由に市芦高から排除し、当時対立状況にあった分会の勢力を弱める目的で行ったものと推認せざるを得ず、このうち、昭和62年度転任処分については、同校の過員解消の必要性という動機も存したことは認められるものの、転任処分の対象として原告らを選んだ主要な動機は、同人らの組合活動を嫌悪したことによるものであったと認めるのが相当である。

 右のような不当な目的による本件転任処分は、

教育行政目的に資するものではなく、社会通念上著しく妥当性を欠くもので、任命権者に与えられた裁量権を逸脱する違法な処分

というべきであり、取消しを免れない。

 

一五 乙請求について

 (懲戒処分について)(被告の主張を全面的に引用し、違法性はないと判断)