タカラモノ・2

 家が焼けてもこれだけは持ち出すよと進藤が言うのは、通帳印鑑の類いではなく、碁盤と碁石の一揃いだ。
 初めて聞いたときは、感心して、比喩かと思った。
 でも違うんだなと気づいた。
 進藤がなくしたくないのは棋士としての矜持などではなく、本当に、彼が中学の頃から愛用している「この」碁盤と「この」碁石。そのもの。
 なぜ、と、問いたくてしかしずるずると、その機会を逃し続けている。

 「お願いします」と進藤は頭を下げる。
 たった一人で棋譜を並べるときでも。
 「ありがとうございました」と頭を下げる。深く垂れる。
 厳粛な儀式のように。
 同時にひどく、ひどく個人的なそれは行為で、何かしら物悲しくも腹が立つ。
 イライラしていると、今度はそれをネタにからかわれる。
「あの日かよ、塔矢?」
「どの日だよ」
 碁盤の前を離れると、進藤の顔は急に幼くなる。
 抱えていた繊細さを手放して、どこまででも無神経になる。
 背伸びした、大人びた手管で、それを自慢げに誇りながら抱きすくめキスをしかける。
 肌を指がなぞる。
 その動きが。
 その動きがふと重なって、息を飲む前に胸がつまった。
 進藤の大切な碁盤から、一度並べた石を片しながら、浅い溝をなぞる指先。
 一子も置かずただぼんやりと、横に腰を下ろし、碁盤の縁をなぞる指先。
 重なって。
 ふと。

 悲しくなって、
 腹が立って、
 誇らしかった。
 とても。