真心を君に

「ご自宅用ですか?」
「いえ、プレゼントです」
 注視しなければ分からない程度に、販売員の手が止まった。
「ではリボンの色をお選びください」
 差し出された小箱には、ボルドーとモスグリーン、ゴールドという三種類のリボンが並べられていた。ゴールドを指し示す。「これで」
 どのリボンにも、同系統の上品な色味で飾り文字が印刷されていた。MY HEART FOR YOU.

 先日、やっとの思いで進藤ヒカルに告白した。すると進藤は満面ともいえるチャーミングな(チャーミング!?)笑顔で「信じられない」と答えた。
 否と応で考えるなら、それは明らかに前者だったが、その笑顔のあっけらかんさに、彼は何かしら誤解しているのではと食い下がった。
「なぜ」
「だって、冗談だろ?」
「君は、僕がそういう冗談を言うような人間に見えるのか」
「うーん。だとしたら意外だけど、まあ人生日々発見だし。新鮮な感動を受け入れてポジティブに行かないとな」
「君のポジティブは方向性が間違っている!!」
 思わず怒鳴りつけると、進藤は「うわ」と肩をすくめた。
「…信じられないかもしれないが、僕は本気で言っている」
 ずきずき痛むこめかみを指先で押さえつけながら、言い聞かせるように繰り返した。「大変遺憾だが、僕は君が好きなんだ」
 進藤は、やっぱり信じられない、と、また明るく笑った。…信じさせてみせようホトトギス。季節は折よくバレンタインだった。
 2月14日。冷え込みの緩む午後になってから、携帯電話で彼を呼び出した。
「うお、今日まじ寒い。笑っちゃうくらいの風」
 走ってきたのか、息を弾ませて進藤は玄関でそう笑った。頬や耳が真っ赤になっていた。腕に黄色いロフトの紙袋をかけていた。いくつかの小さな菓子の包みが中に見えた。
「午前中どこかに出かけてたの」
「うん。棋院」
 ではファンの子や、職員や棋士から貰ったものだろう。義理のチョコを気軽に渡しやすい男だから。
「お前の分もいっぱい来てるぽかったよ。早めに貰ってくれば」
 軽く相槌を打ってから、碁盤のある和室に招きいれる。「これは僕から」 そしてさりげなく、一目で本命と分かる気合の入った包みを手渡した。
 進藤は、小さく「え」と呟くと、立ったまま、手の中のそれを凝視した。
 してやったり。当初の目的を忘れ、驚かせてやれたことに深く満足してしまった。
「どうした。座れよ。打つだろう?」
 進藤はまだジャンバーさえ着たままだった。
「…これ何?」
「チョコレート」
「なんで」
「この間言ったじゃないか。君が好きだから」
 そして君は「信じられない」と言ったんだ。
 さてどうするかと、座った碁盤の前から見上げた。進藤はおもむろに、腕にかけていた紙袋を差し出した。
「…は?」
「お返し。お前に、ホワイトデーまで借り作ったままなんていやだ」
「何を言っている」
 呆れてその顔をまじまじ見る。無神経なところも多々あるが、こんな多方面に失礼なことをやってのける人間ではないはずだ。
「下さった方に失礼だ。僕にも」
「だって」
 動揺、しているのだろうか。紙袋を突き出したまま、進藤は子どものように「だって」を繰り返した。
「女の子には、ホワイトデーに返すんだろう?」
「そりゃ」
「じゃあ」
 言葉を途切らせ、ふと彼のもう片手を見た。金色のリボンの端が指の間から飛び出していた。
「…なんで僕だけ特別なんだ?」
「お前は特別なんだもん」
 進藤は真顔で答えた。あまりに普通だったので、彼は言葉の意味を取り違えていやしないかと、相変わらず何かを勘違いしているのではないかと危惧するほどだった。
 答えになっていないよ、と声を絞り出した。疑問文を肯定文にしただけじゃないか。
「僕が君を好きなことを信じられないくせに?」
「関係ないもん」 進藤は一層袋を突き出した。「お前が俺のことどう思ってようと、お前が俺の特別だってのは変わらないだろ?」
「…君が貰ったチョコを僕に横流しされることの方がよっぽど無関係だよ、この場合」
 受け取らずに立ち上がる。「お茶入れてくる」
「あ、こら逃げるな」
「一緒に片付けよう。君が食べきれないお菓子を僕がご相伴に預かる。…それならまだ納得できる」
「それじゃ結局お前にもお返ししなきゃいけないじゃん」
「当たり前だ。三倍返しにしろ。君は男の純情を何と心得てる」
 微笑みながら部屋を出ようとして立ち止まり、振り返り、「好きだよ」ともう一度告げた。
「大変不本意ながら、ね。僕は君が好きなんだ」
 そしてあのときの進藤をなるべく真似て、笑って見せた。
「信じてくれなくても、何だかもう構わないけど」
 さて、チャーミングに笑えたろうか?