their bitter winter

 二月十四日に塔矢からお菓子を貰いました。まる。
 そのチョコレートはコンビニとかで売ってるような安っぽいものでも、かといってデパ地下の高級ぱてぃすりー的なものでもなく、いかにも、自分たちくらいの年代の子が、一年に一回、頑張って頑張って気合い入れて買ってきましたな感じのものだった。本人に手ずから渡されたものでなければ、本気でそこらの電柱の陰に可憐な少女の姿を探し、胸ときめかせていたかもしれない。
「……お前って意外におもしろい奴? 新手のシャレ? わりーな、俺最近テレビとかに疎くてさー」
 顔引きつらせてそう笑うと、最近どころか一生、そんな番組に疎そうな塔矢は不機嫌な表情で応えた。
「たまには君も心乱されるといい」
「あ?!」
 …きっとあれだ。一方的な賭か何かに負けてさ、うん、よくあるよな、嫌がらせ。芦原さんか何かだよ。バレンタインにチョコ買わせて誰かに、って。
 ダークブラウンのませた包装紙にワインレッドのリボンがかかって、極めつけに真っ赤なハートのシールが嘲笑うようだ。
 …どうすんだよ、これー。
 ジャージに着替えてベッドに寝転がり、小さな包みをぷらぷら揺らす。下剤とか入ってないだろーなー。怪しい…。
 包みを開けることも何となく怖くて、ぷらぷらごろごろしていた。今年のバレンタインは土曜日で雨。
「ヒカルー、夕飯できたけど食べてきたの?」
「あ、食べる食べる!」
 ベッドにチョコを投げ出して階下に降りた。
「あれ。どうしたのこれ?」
 テーブルの真ん中に、夕飯とは明らかに異なる嗜好品。
「夕方あかりちゃんが持ってきてくれたのよ。たくさん作ったからどうぞって。あんたまたお礼言っときなさいよ」
「えー、余りもんじゃん。いいよ」
 母親から余計な言葉が出る前にと、カレーとサラダを早食いし席を立った。
 辛いものの後にチョコなんかいらね、と言い捨てていくと、少し悩ましげな溜め息をつかれた。相変わらず無神経だと思われている。その通り。人間そう簡単に変わるわけねーじゃん。
 ヒカルのバカ!知らない!
 …うわ、幻聴。
 部屋に戻り、今日棋院で手に入れた棋譜を並べた。高永夏だ。パソコンも持っていないし、海外の棋譜はまだ珍しい。
 終局まで並べてしばらく一人で検討し、それから大阪の社に携帯から電話してみた。
「なんや珍しいな」
「うんあのさ、ちょい疑問手」
 社相手に考えをまとめながら、ちらりと、こいつ彼女とかいねーのかな、と思った。
 三十分ほど話して切った。少し物足りなかった。打ちたくなってくるので碁盤を片付け、またベッドに転がった。背中で押し潰さないようにと枕元に移動させた包みの、凶悪なハートが目に入った。むかつく、と一人ごちながら足でカーテンを引っ張ると、紺色の夜空に雲が大きく布陣して、まだまだ雨は止みそうにない。
 寝返って腕を伸ばし、扇子を手に取りわずかに音を立てる。そうするといつも清烈が心が引き締めるのに、今日はどうにもよろしくない。
 また仰向けになり、開き、白無地を見つめ、その薄さ越しに天井を見た。
 …わっかんねー。
 勢いよく身を起こし、久々にと週刊誌を取り出してみた。げ、いつの号だよこれ…。
 床に直接腰を下ろし、ベッドにもたれてやる気なくページを繰った。っかしーなー。碁を覚える前、一体自分は毎日何していたんだろう?
 胸がざわざわして、思い切り不快な質問をぶつけられたような気分だった。連載漫画の退屈な展開を目で追っていると、一ページ飛ばして捲ってしまって、それでもそのまま読み進めた。
 見開き二ページ飛ばしたところで話はたやすく通じてしまってつまらなかった。窓を結露の滴が伝う。そうだ今は冬なのだった。甘いものは特別に好きというわけじゃない。みんな、何、お菓子会社に踊らされてケーキ屋に心乱されて…

 床に座り込みベッドに寄り掛かり、週刊誌と扇子と碁盤と、雨と携帯電話に包囲されたままリボンをほどいた。
 現れたチョコレートを指で摘み、口に含む。滑らかに溶けていく。
「……にが…」
 小さく呟いてから、指に残るものも舐め取った。手に負えないのはちゃちなハートのシールより自分自身で、まるで計画通りざわついた胸を今夜はひたすら持て余しているようだった。……千々、心乱されて。変質していく世界の音を、二月の雨に重ねて、いつまでも聞いていたかった。