春雷

 遠くの方で塔矢が怒鳴っている。
 いや違うか。
 大きな音を聞くとつい連想するものがそれだから…
 なんだっけ、これ?
 ええと…
「進藤!!」
 あれ。
 やっぱり塔矢が怒鳴っているんじゃないか。
 バタバタ動いている音もする。
「進藤! 進藤! 雨! 雨!!」
 いつのまに帰って来たんだろう?
 ずっとベッドでうつらうつらとしていて、気づかなかった。
 帰って来たならそろそろ起きようかな…
「洗濯物! 進藤いるんだろ!? 手伝え!!」
 せんたくもの……?

 のそりのそりと起き出してリビングへ出ると、塔矢はまだネクタイも結んだままで、両手いっぱい、取り込んだ洗濯物を抱えてへたり込んでいた。
 部屋が薄暗かったので、まず電気をつける。時間は何時だ。
「進藤、出かけるとき、洗濯物を頼むと言っただろう!?」
「あ、そうだっけ……。悪い、忘れてた…。ってか、雨降ってるの気づかなかった…」
「これで!?」
 激しい水音。そして雷鳴。窓の外に目をやらずとも、言われてみれば確かに降っている。
「夢の中でお前が怒鳴ってんのかと思っていた」
「ぁ…?」
 塔矢が眉をひそめたとき、外で光が弾けた。間髪入れず、激しい音が鳴り響く。わ、すげぇ、と言いかけた。すると電気がぷつりと消えた。普段は気にかけない、様々なモーターの低い唸りも。
「わー、停電だ」
「………何をのんきに」
「楽しくない?」
「キミね…」
 再度、稲光が町を襲い、部屋を照らした。フローリングの上で、塔矢はまだ、いっぱいの洗濯物と一緒にぺたんと座ったままだった。雷が鳴る。
「ほら、お前が怒鳴ってら」
 くすくす笑って、その目の前で膝をつく。
「…だから、なんだ、それは」
「『進藤!』ってさ。いつも怒鳴るじゃん、塔矢。雷落とされてばっか。オレ」
「…ボクだって怒ってばかりじゃないと思うけれど」
「そっか? そうかな…だって、ほら、…」
 片手の指を軽く床について、もう片手ですばやく頭を引き寄せた。
 空から落ちてくる光は直線的で、鋭くて、重なった影をフローリングにくっきり落とした。
「————————………進藤!!」
 天をつんざく雷よりも、その怒鳴り声は部屋に轟き、けらけら笑うとさらに塔矢は肩を怒らせた。
「ほぉら、怒った」
「キミが怒らせてるんだ!」
「なんで今更キス程度で怒るんだよー。塔矢の怒りんぼー」
 ぐちゃぐちゃに投げ出されたままの衣類やタオルの中で、低レベルな口論を繰り広げるうちに、厚く重かった雨雲は西の風に吹かれマンションの頭上からやがて撤退していった。
 始まりも終わりも忙しない、やはり何かによく似た夕立だったのだ。