春の嵐

 宇宙が透けて見えそうな青い空なのに、どうしてこんなに穏やかな心持ちとは程遠いのだろう。
 公園のゴミ箱や、その上にかかる桜の枝を、激しく震わせて風が吹く。
 震う、映る世界町並み、この肌が粟立ち風に奪われた体温を惜しんで震える。
 見えない雲の真ん中に吸い込まれゆく無数の花片。つかまえようと宙に開かれた二つの手の平。
 見えない手に弄ばれた細い髪の一本一本。つかまえようと、伸ばされた——


「春一番? だっけ? うわ、まじすげー…」
 たまに、本当に珍しく、塔矢を外に連れ出すことに成功した。それなのに、何だこの風は。
 強い、なんてレベルを超して凄まじい。
「痛…」
 この自分よりはかなり長い髪に顔を叩かれ、——そうなれば半ば凶器とも言える——塔矢は片手で頭を押さえる。
 ばらばら音を立てて桜が落ちてきた。豪快すぎていっそ紙吹雪だ。
 舞台裏で誰かがバケツをひっくり返した。
「ちぇーっ、これじゃ遊べねぇじゃん!」
 花擦れの音に紛れ叫んだ瞬間、同じように癇癪を起こしたか、広場の立て看板がめしめしと倒れた。
「あぶね…」
 呟いてから、おや、と思う。
 自分一人なら台風だってイベントだ。
 どこかバーチャルな危機感を、高速で身のうちに感じるだけ。
「しかたねぇなぁ…。駅戻るか、塔矢」
「どこかに用があったんじゃないのか?」
 生まれてこの方、無目的に町をふらついたことなど一度だってありません、そんな顔をして塔矢が尋ねる。晴れた休日に特定の誰かを公園に誘って散歩なんかしたことありません。はいそうですか。
「だってほら、危ないし。俺だけならいいけど…」
 ちなみに、俺も、ありませんでした、今までは。
「……お前いるし」
 そのとき突風が塔矢の頭をぐちゃぐちゃにかき回し、分け目も何もあったものじゃない髪型にしてしまったから、思わず苦笑した。
「ごめん。今何か言った?」
「ううん!」
 塔矢は鬱陶しげに髪を撫で付けている。どこかから空き缶が騒がしく転がってくる。足で踏んでそれを止めて、風に煽られる塔矢にもう一度目を移した。あちらこちら、忙しなく流される髪の毛が、彼の首や耳を隠しては現す。
 しまった、こんなにも青く澄んだ胸は奥の奥まで可視であるのに、水面に映る面影を揺らす、春の嵐に気づいてしまった。

「っ、進藤、この風ほんとに、……」
 はためく髪の一束に、指先を絡めた。
 驚いて振り返る唇を———————————桜が掠めた。