レジスタント

 最近めっきり体を動かしていなかったので、碁盤の前から立ち上がるとき膝と背中がぼきぼき鳴った。いかん体が走りたがってるぞ、と思い、いてもたってもいられなくなってもう夜も遅いけれど走りに出た。
 日中の蒸し暑さに比べ、朝晩はまだ大分肌寒い。雨を気にしながらも30分はご町内をジョギングした。

 囲碁を始めてから確実に運動量が激減して、俺はたまに自分の体が可哀想になる。
 心はいい。自分の時間を碁に当てたがるのは俺の心の方だから、俺の心を俺は哀れまないけれど、環境の変化についていけず戸惑う体が可哀想だ。悪いなあ、と思ったり。つきわせてごめんな、と鈍ってしまった筋肉に思うのだ。
 それで時々唐突に走りに出たり、腹筋背筋をはじめたりして、迸りそうになる何かを宥めてやる。

 一段跳びに棋院の階段を駆け上がると、元気なんだな、と、五分は後に追いついてきた塔矢に呆れられた。
「若者だもん。お前こそ階段くらいで息切らせてたら正念場で持たないぞ」
 言い返すと、相手はむっとしてそっぽを向く。努めてゆっくり呼吸を繰り返し、シャツの胸が上下している。
エレベーター使えばよかったのに。なんでつきあって階段なんだろう。
「君こそ、手合いの前に無駄にカロリーを消費するな」
「いくらでも有り余ってるから平気だよ。沸いて出てくるから、こまめに解消してやんないと」
 塔矢は何か言おうとして、結局小さな溜め息をついた。その拍子に、最近心持ち長くなってきたうなじの髪が、首の左右に分かれて揺れた。
 有り余ったエネルギーを盤上にぶつけて、その日の手合いはいつにも増して早碁、あっというまの中押し勝ちで気持ちいい。だけど少し雑な打ち方になったかな、怒られるかな、と思いながら、塔矢の対局を見にいった。
 奴の熱量は、その指先にだけ溜まっているようにも感じてしまう。石を取り、張り詰めて伸ばされ、盤に置く。指先に見とれてから、まじまじ全身を見つめてしまった。正座を少しも苦にしていない。いかにも自然な様子だけれど、体中にバランスよく力が入っているからだと思う。
 俺限定で引き出しから取り出される、こいつの隠れたパワーと同じに。

 あ、やばいかな。
 その場を離れて、ボードに勝ちを記入してから、今度は二段跳びで階段を降りた。


 若いから、ね。
 こまめに発散させないと。いつか体が俺の心を裏切って、とんでもないことしてしまいそうだ。

 …ほんの少し、楽しみにしていないこともないけど。
 ねじ伏せ続けた、カラダの反逆!