終局後の検討

 性格と棋風とは、必ずしも一致するものではない。たとえば自分だって、「やんちゃな性格」の割に「上手いと思わせる碁」を打つともっぱらの評判だ、一部で。
 しかしこと塔矢アキラに限っては、勿論毎度とは言わないが、ほとほと彼の碁だと苦笑(時に爆笑)せずにはいられないような、そんな棋譜を残す。

「だっから、さぁ! いくらなんでもここは攻めすぎ! っとにお前って、時々無茶苦茶強気っつーか、攻撃的っつーか、そういう打ち方するよなぁ」
「いやしかし塔矢くんのいいところは、自分より高段者を相手にしても…相手だからこそ、そういった碁を打つところだとボクなんかは思うけどなぁ」
「ほら、ここも! そりゃ不本意かもしれないけど、とりあえずは取っておいて形成立て直すのが先だろ? オレが見にきてると思って張り切りすぎ!」
 某地方都市の高級ホテル15階。終局直後の碁盤を前に、つばを飛ばさん勢いでまくし立てる。塔矢の碁は凄い。見ていて心底打ちたくなった。わくわくした。しかし、結局負けてしまったのだから、これくらい言うことは許して欲しい。
 しかし最後の一言が余計だったらしい。塔矢は苛立たしげにかぶりを振ると、周囲の人々に問い掛けた。
「誰ですか!? 進藤なんかを検討に呼んだのは!!」
「オレだが?」
 煙草に火をつけながら白スーツの緒方さんが答える。塔矢はそれでぐっと詰まる。あまりいい気はしないけれど、塔矢は緒方さんには弱い、どうも。
 それで余計にむかついて、更に言葉重ねて塔矢の一局を批判した。終わる頃には塔矢はすっかりつむじを曲げて、打ち上げの宴席で一言も口を利いてくれない。
「い、いやぁ…塔矢くんと進藤くんは、仲がいいのか悪いのか分からないね…。あ、でも、良くなかったらライバル同士で一緒に住んだりしないか。不便なこととかもあるでしょ?」
「そうですね……。たとえば進藤が深夜鍵を忘れて帰宅して、無視しようとしたのに何度も携帯鳴らされて起きざるを得なかったとか、進藤が買い物途中でタマゴを割ってしまって他の食材を駄目にしたとか、いくら片付けてもゲームソフトを床に散らかすことをやめないとか、進藤が!」
 酔いが回ってきたのか顔を火照らして、やたら「進藤」を強調する。それなら同居なんて止めればいいじゃないかとどうして誰も突っ込まない。仕方がないから、その自分が反論するしかないではないか。
「けどさぁ塔矢だって、こないだ棋譜並べながら居眠りしてたじゃん!」
「え? 塔矢くんが!?」
「一生の不覚です!」
「それでオレがわざわざベッドまで運んでやって、」
 その続きを言わせないためか、塔矢は、まだ中身の残っている杯を手荒く置いて叫んだ。
「進藤なんかを飲みに誘ったのは誰ですか!?」
「オレだが?」
 緒方さんが自分で日本酒の瓶を傾けながら答えた。
「緒方さん、これは嫌がらせですか!? ボクのことそんなに嫌いなんですか!?」
「とんでもない。アキラくんのことは大好きさ、可愛くて」
「だったら!」
「あ、ほらアキラくん。今進藤が動揺して海老シュウマイを取り落としたよ。見たかい?」
「知りませんよ!!」
「転々と転がっていくさまがいとあわれじゃないか」
「緒方さん! あなた酔ってるでしょ!?」


 夜もふけて宴会もお開きとなり、みんな各自の部屋へてんでばらばらに帰っていく。
 緒方さんはその場で、数人の棋士を道連れにして眠っている。
 相変わらず塔矢は一言も口を利いてくれない。内線を入れてもこれでは無駄だと思い、直接部屋へと出向いた。部屋番号はチェック済みだった。
 ノックをすると、はい、と返事がある。
「オレー」
「………」
「今日の一局で思いついたことあんだけど、入れてくんない?」
 塔矢に一番効きそうな言葉。案の定ドアは開く。こいつ、こんな感じで誘われたら、どんなキャッチセールスにも引っかかるんではなかろうか。
「散々言いたい放題言っておいて…まだ何か? どうせボクは無謀な勇み足ばかりして守りが疎かな碁しか打てないんだろうさ」
「拗ねてんの? お前らしいって誉めてんのに」
「それは誉め言葉か!?」
 塔矢はきちんと浴衣を着ていた。この年頃の男で、和服を着こなせる奴も少ないと思う。
「怒ってるなら謝るよ。わざわざ仕事もないのに同行してきたのは、喧嘩するためじゃねぇんだから」
「どうだか。ボクの打ち方にケチをつけるためなら、キミはどこまででも嬉々としてやってきそうだ」
「塔矢ー」
「で? 新手でも思いついたか?」
「あ、うん、いや……」
 とりあえず入り込んでしまえば後はどうにでも、というつもりの嘘だった。しかしそれなりに期待している様子の塔矢に、まさかそうも言えなかった。
 適当に思いついた手を述べると、塔矢は詰まらなさそうにベッドに腰掛けた。
「その手はボクも考えた。だけど結局、そのまま地に入れないなら10目は損して…同じことだろ?」
「…だな。オレも言いながらそう思った」
「何しに来たんだ」
「何って……検討」
「もうしたじゃないか」
「じゃなくて」
「何が?」
「囲碁じゃなくて…」
「囲碁以外に何かあったかい?」
「こう、旅先で…ほら、二人の関係を検討しなおし、明日へのよりよい、ええと…」
「慣れない口上ご苦労さま。でもあいにくボクは疲れてるんだ。じゃあ、お休み」
「……もしもし?」
「戻るならオートロック」
「帰らないなら?」
 ベッドの横に腰掛けて聞いた。照明を消すと、塔矢が顔を覗かせるのが分かった。
「さぁ? …キミの得意な碁でも打っておけば? 攻守の均衡の取れた、さぞかしご立派な打ち様なんだろう」
「打たせてくれんの?」
「打とうか?」
「終局後の検討までばっちり?」
「勿論。……来いよ」


 翌朝寝不足で他の棋士らに合流すると、さぞかし濃厚な検討を二人だけでしていたのだろうと緒方さんに笑われた。
 夜も明けたというのに、緒方さんはまだ酔っ払っているに違いない。