今もなお

 無為にうつらうつらしていると、何か大切なものが指の間から落ちる気がして、はっと目を覚ます。
 倦怠と喪失が背中合わせにある。
 人を失くすということは、相手が誰あれ自分の一部を欠落させる。
 打てば打つほど「彼」を感じるということは、打てば打つほど彼の不在を感じることと同義だ。
 一局毎に身を切り、そしてそれに慣れた。
 不義理か、怠惰かと、時に心荒れる。
 次から次へと付き合った女たちの黒髪は、その長さにおいて及ぶべくもない。
 柔らかく冷たい、さらりとした髪に指を絡ませて眠る癖がついた。
 一人寝のときはどうしよう?
 碁石でも一つ、握り締めて寝ようか?
 今なお固く固く縛られていることを感じながら。

「姥捨て山の主人公なんだ、オレは…」
「………」
「しょってんのはじーちゃんばーちゃんじゃなくて…碁盤だよな、笑えねぇ…」
「………」
「それか、子泣きジジイ。…だんだん重くなってってやんの…」
「………」
 照明を落した部屋の中、真っ白な肩が隣にある。
 静かな肩だが、同時に耳であることはよく分かった。
 限りなく孤独でありさえすれば、人に優しくすることも容易なのだ。
「なんで、オレ、こんなことしてんだってたまに思う。なんで碁を打って…なんでお前と……するんだろう」
「………」
「重く感じてること全部、背負ってるもののせいにしようとしてる……」
 緩慢に訪れる睡魔の波に揺られながら、白い肩に流れる黒髪を一房、いつも通り取ろうとしたとき、不意に、それが口を利いて思わず手を引いた。

「——もう寝ろ、進藤」

 長い長い沈黙の透き通った白さの後にただ一つ残った、その声音で涙溢れた。
 今なお心は、人を置き去りにして辛がろうとしている。
 なお、こんなにも近く、その人を隣に感じながら。