Today's Special〜jewel light〜

 酔った勢いで塔矢と一夜を共にして(もちろん、同じベッドでおやすみといって寝ただけ、って意味じゃなく)、一週間くらいはお互い凄く気まずかった。
 一週間後、意外にもその状態の打開策を持ち出したのは塔矢の方だった。
「責任を取る。結婚しよう」
 話がある、と真面目な顔で家に誘うものだから、俺もかなり緊張していたのに、なんかもう、その一言で一気に気が抜けた。ギャグの出来栄えはともかく(最低、最低)、塔矢にしては珍しい気の利かせ方…と、そこまで思って、いや待て俺の知ってる塔矢アキラは、どこをどうひっくり返したってそんな冗談言う奴じゃないと思い直した。
「…塔矢さ、念のため確認するけど、……今の日本の法律じゃ、男同士は結婚できない」
「え」
 え。て。

「お前小学校からやり直せ!!」
「小学社会でそんなこと習った覚えはない!」
「教科書に書いてなくても普通は自然と知るんだよ! 常識! 常識!! 常識!!!」
 喚きながら、結構本気で引いた。たまに、一般常識がすこんと抜けているのは知っていたにせよ、これはあんまり酷い。というか、ありえない。ちょっと本気でありえない。一抹抱いていたかもしれない、一人の男としての尊敬の念やら信頼感が音立てて壊れた。…一人の男?
「…それに、お前まだ十九じゃん」
「結婚は十八からだろう」
「ばか。親の許可がいるんだよ。二十歳までは」
 塔矢はさすがに少し怯んだようで、「そんなこと気にしたこともないから」と言い訳した。結婚の定義とか条件とか、今までまったく興味なかったから…って、そんなこと理由になるか。
「とにかく、お前の言ってることは、馬鹿馬鹿しい」
「でも、あんなこと、して、」
 塔矢は納得いかないように顔を挙げ、正座のままで畳に手をついた。
「君が女の子なら、結婚してる」
「…や、いまどきそれは…」
 いまどき、流れに任せた一回きりのセックスで結婚はない。いつの時代の人間だ、と、結構本気で…引きながら。
 今の台詞は、どうなんだろうと思った。女の子なら? 女、だったら。


「…いいよ、じゃあ、結婚しよっか」
 なんかもう、俺も大概イタイ人間になりつつある。
「できないって言ったじゃないか」
 ふてくされた様子で塔矢は反論した。
「できないことは約束しちゃいけないの?」
 顔を上げたこいつを素面のままでぎゅっと抱きしめた。一瞬硬直し、次には慌てふためいて逃げようとするのを、「女の子ならじっとしてるだろ」と叱りつけた。
「指輪は給料の三ヶ月分で我慢してやる」
「は、あ?」
 珍しい、間抜けた塔矢の反応に、耐え切れない笑い声が喉から漏れる。あと、ちょっぴり、薄く涙も。
「三ヶ月経ったら、お前も二十歳だ」
 本当は三ヶ月も待てないくらい。
 一週間前の飲み会は、当然俺の二十歳おめでとうパーティだった。
「そっちクリアしときゃ、いいだろ。男同士ってことくらい、まぁ何とかなるし」
 なるわけありません。
 なるわけありません。だけどちょっと、このバカ、騙してやるくらいでたまに丁度いい。はじめ混乱してぽかんとしていたのが、一番最初の自分の意図を思い出したらしい。そのうち一人で、覚悟を決めた顔になった。最大級ド馬鹿。


 三ヵ月後、きっとこいつは本気で指輪を俺にくれるんだ。まるでどっかの処女のお嬢様をヤっちまったみたいに、生真面目な喜劇を演じるんだ。
 女だったら。もしどっちかが女の子なら。
 俺の立場、実はこっそり人知れず、この天然野郎に恋心抱いていた立場を省みれば、その台詞はかなり、傷ついてしかるべきところかもしれない。

 けど馬鹿馬鹿しいことに、俺、なんか、嬉しかった。
 嬉しかった。
 だって恋と名づけるなら、一生報われないと思ってた。
 だけど、なんだ…。こいつの中のどの引き出しも、一番手前のカードには俺の名前が書いてる。
 恋愛とかラベリングした引き出しは見つからないけど。
 けど、他のいろいろな、あらゆる場所での一番が。
 …嬉しかったんだ。救いようのないバカがここに二匹いる。


 その日は約束とキスだけでいっぱいいっぱいになって逃げ出した。
 来るべき三ヶ月後に向けて、精一杯クサイ台詞でも暗記するのだと、真っ赤な顔を秋の夕闇に隠しながら俺は思った。