ハッピー・クリスマス・デイズ

 雪は夜には雨にと変わった。歌の通りにはならない。フライドチキンを売る駅前の店にふらふら入ったものの、予約していなかったので購入はできなかった。仕方なくコンビニでから揚げくんとエクレアを買って行った。
「めりくり、めりくりー」
「何でも略すな」
「いいじゃん。あ、駅の裏手凄かった。店か民家か公園かわっかんないくらいキラキラ。みんなすげーなぁ」
「それでふらふら寄り道か」
「うん、クリスマス気分」
 コンビニの袋を手土産として渡すと、塔矢は中を検めて、つまらなさそうに鼻を鳴らした。
「シャンメリーとか出てこないの?」
「白ワインくらいならあったかな…」
「それ!」
「クリスマスをしに来たわけじゃないだろう?」
 それでも何とかワインは供された。しかしグラスではなくマグカップだった。総菜とスイーツもビニール袋のまま、プラスチックのフォークが投げ出される。本当にやる気がない。
「いや、やる気と言われても……こちらは満々なわけだが」
 塔矢は碁盤碁石を前にして座る。肩が少しすぼまって些か前のめり。確かにやる気満々なわけだが、せめてワインを空けるまで待つというのはどうだろう。
「知ったことか。何が楽しい」
 普段よりぞんざいな口調は、待ちきれない期待感故なのだろう。クリスマスのクの字もない空気に苦笑した。

 そういえば思い出す小6のクリスマス。
 クラスメイトの家に集まり皆でゲームを楽しんだ。囲碁教室とか、ガラでもないところに入り浸り始めた頃で、佐為がまだ少しばかり遠慮がちだった頃で、塔矢とは出会ったか出会っていないか、どちらだったか微妙な時期だ。
 佐為ははじめのうちこそ、見た目豪華なケーキや最新のゲームに驚嘆していたけれど、そのうちそわそわと落ち着きがなくなった。そう、今の塔矢のように。
 江戸時代から現代にタイムスリップしてきたのだから、何を見るのも驚きの連続だったろうに、何にはしゃいでも結局、佐為の心はそこに落ち付くようだった。
(今日は囲碁教室の日じゃねぇから。ここ帰っても碁打てないから)
 友人の母が作ったクリスマス料理をたいらげつつ、そんな佐為に釘を刺した。自室に碁盤と碁石が現れるのは中1の秋だ。まだまだ、囲碁なんて、白川先生が言うところの「陣取りゲーム」でしかなくて、30分以上教室の椅子に座ることすら辛かった。
(分かってますよ。それでこれは、何の集まりなんですか、ヒカル?)
(クリスマスだよ、クリスマス)
 いつもより少し多い数の子どもが集まって、いつもより少し豪勢な料理を楽しんで、だからといって特に何があるわけでもない。クリスマスの説明は途中で諦めて、そういう行事なんだと無理やり会話を中断したのだ。
 自分がせめて塔矢くらいに物知りだったり、またはとことんあほだったりしたら、もう少し佐為の心を満足させられたんじゃないか。しばしば思い返すも、今更どうにもままならないことだ。


「お前んちはクリスマスはなかったの?」
「うちではした記憶がないな。少し前に誕生日があるし。ああ、でも、碁会所では市河さんたちがいろいろしてくれた」
「ああ、やりそう」


 以前、何かの折に市河に見せてもらった、彼女のアルバムを思い出した。そういえばクリスマスの写真があった。小学生の塔矢の髪の毛に、クラッカーから飛び出したリボンの切れ端が引っかかっていた。誰か取ってやればいいのに、と思った。一体何年前なのだか。紙皿の上には真っ白なケーキと赤い苺。見慣れた碁会所の風景に、幼い愛想笑いを見せる塔矢アキラ。
 出会ったか出会っていないか、どちらだったか微妙な時期だ。
 周りほとんど、一回り以上年の離れた大人だらけで、せめて芦原くらいいてやればいいのにと、しかしそれもまた今更どうにもままならないことだ。

「まぁいっか。今年のクリスマスは今だし」
 フォークは使わずエクレアに齧り付く。クリームが垂れそうになって舌で掬う。
「お前も食ったら? うまいよ」
 あのとき一緒だった人は今はいなくて、そのときいなかった人が碁盤の向こうで不機嫌面。
 飲めるようになったアルコール一つ取ったとしても、「ずっと」がないことを思い知らされる。
 ずっと一緒とか、ずっと孤独とか。
「いつになったら打つんだ。クリスマスをしに来たわけじゃないだろう」
「しに来たんだよ」
 じゃなきゃ、こんな日にピンポイントで来たりしない。

 エクレアを食べ終わり、不服そうな塔矢の髪に手を伸ばした。
 銀の紙吹雪も何もそこにはなくて、クリスマスソングの一音もなくて、美しいイルミネーションも瞳の中にしかなくて。
 だけどまぁ、クリスマスのクの字くらいこの手の中にあるかもしれなかった。