はないじめ

 白くなる息を手袋の中で何度も確かめるように吐きながら、進藤はベンチに座っている。和谷はその横に腰を下ろし、塔矢アキラは進藤を隔てて和谷とは反対の位置にいる。進藤が買って、結局飲まなかった缶コーヒーを譲り受け、立ったまま両手を暖めている。
 このへんでは少し大きめの公園は、駅前でもあり待ち合わせのメッカだ。何人もの人々が現れては消える。外灯や時計のある広場の円周上での出入りが多い。広場の真ん中では少年たちが球技をしている。安全上その使用範囲はかなり小さく取られており、小さなゴールとサッカーボールはひどく窮屈そうだった。
 電車の事故で伊角が遅れている。和谷は繰り返し携帯電話でメールを送受信し、時間に問題はないから心配無用の旨彼に伝える。まぁ、塔矢何某の機嫌は芳しくないが、その実際の被害を受けるのは進藤のみだろう。
 球技スペースの脇で、小学校に上がるかどうかといったほどの小さな子供たちが遊んでいる。進藤は、その様子を見て暇つぶししているようだった。

 かっーぁってうーれしーぃはぁーないーちもーんめーぇ

 古めかしい遊びだ。何が楽しいのかくすくす笑い出した進藤を無視し、和谷はまた携帯を弄る。
「塔矢、塔矢、」
 和谷が相手になってくれないことを悟ったか、進藤は塔矢に、ほとんどスタッカートのついた声をかける。
「ちょっと見てろよ、あれ」
 塔矢は返事もしなかったが、視線はおとなしくその指示に従ったようだった。メール着信。今電車が動き出した、もうすぐ着くよ、ごめんな、待たせちゃって。
「左のグループのピンクの女の子、ちょっと怒ってるだろ。さっきから全然自分が指名されなくて、友達ばっか持っていかれちゃってんだ」

   まけーぇってくーやしーぃはぁーないーちもーんめーぇ

 甲高い子供の歌声の中で、ひときわ大きなそれは、ほとんど怒鳴り声に近かった。進藤は塔矢に解説を続ける。少し潜めた楽しげな声で。返信。大丈夫だから慌てて走って駅の階段でころばないでよ(笑)。
「右のグループの、一番大きなガキがリーダーなんだぜ、きっと。あの女の子一人にさせようって作戦なんだ」
 もう二回同じことやってるんだ。あの子すげぇ怒ってるぜ。怒らせたがってるんだろうな、ガキだな。
 すると塔矢アキラがやっと口を開いた。小さな生真面目な声音が和谷の耳にも滑り込む。
「なぜそんなこと?」
 進藤は両手をベンチについて、体を伸ばしながら塔矢の方を向き直った。和谷から顔は見えなくなったが、続く言葉にこもった笑いから、表情もまた今の空のように明るいのだろう。
「決まってんじゃん。あの子が好きなんだ」

 摂氏三度の気温だというのに汗までかいて、やがて伊角が現れた。主に塔矢に対して恐縮し、侘びる彼の背中を叩きながら和谷はすぐに歩き出した。だから、少し遅れてベンチから立ち上がった進藤が、空になった缶コーヒーを塔矢から返されて、そこに口をつけた光景は目にすることがなかった。
 進藤、ほら来いよ、と振り向いたときには、もうアルミ缶はクズ籠に放り捨てられており、童歌を陽気に口ずさむ進藤に数歩で追いつかれた。
「勝って嬉しい花一匁、負けて悔しい花一匁」
 冬空の下で進藤は小さく歌っては笑った。
「箪笥長持ち、あの子が欲しい」


 あの子が欲しい。