恋スルヲトメ

「小学生の男子なんてサル山のサルでしょ」
 普段大人しい友人の険しい口調に、少しびっくりした。
「全然デリカシーないしデリケートじゃないし特にドッヂボールなんて野蛮なスポーツやってるときは目が輝いてるし!……あかり、なんで笑ってんの?」
「あ、ごめんね」
 微笑が漏れていたらしく、慌てて口元を引き締める。
「だって、それそのまんま小学生の頃のヒカルだなぁって思って」
「ヒカル?」
 首を傾げる彼女に、あ、いけない、と思った瞬間、別の友だちが即座に言う。
「この子の彼氏」
「ち、違うって!!」 両手を胸の前でばたばた振った。「幼なじみ!」
「彼氏でしょ? 見たことあるよ、結構かっこいい」
「ううん、幼なじみっ!」
 力説したのに軽くいなされた。
「で、そのヒカルクンがどうしたって?」
「あ………うん、ええと、人の気持ちちっとも考えてなくて無神経で能天気で、ドッヂボールが大得意だったなぁって…」
「のろけだ」
「……違うって!」

 と、否定したけれど。
 そのまま言葉を続けていれば、のろけ話ではないにしろ、幼なじみ自慢にくらいはなっていたかもしれない。
 何事にも冷めた素振りを見せたがる、無神経で能天気でした進藤ヒカルさんは、今では随分と大人びて、余計なところで気配りにもなってモテモテです。
 あんなにも典型的な、友人いわく「サル山のサル」、だったのに。
 いつのまに男の人になったんだろう。侮りがたきはお年頃の少年だ。

「——あ」
 今度は別の友だちの、悩み相談にかこつけたのろけ話を楽しく聞きつつ歩いていると、ターミナルを抜けたところで人を見つけた。
「塔矢くん」
 肩口で切りそろえられた黒髪に、華奢な体つきは一見女性的だけれど、顔つきは凛々しい。
 くだんの進藤某さんの同僚である、塔矢アキラその人だ。
 名を呼ばれて足を止めたはいいが、こちらの顔を覚えていないらしい。
 当惑の表情で軽く頭を下げ、恥ずかしげな笑みを見せると、すぐにまた歩き始めた。スーツ姿なので、仕事へ行くところなのかもしれない。
 一連の行動の間、ぴたっとおしゃべりを止めていた友人たちが、遠ざかる後姿を凝視しながら、「誰あれー?」と騒ぎ出す。
「ええと、ヒカルと同じプロ棋士の塔矢くんで、ヒカルの…」
 説明の言葉で言いよどむ。ヒカルの……友だち? 友だちですか?
 最近はめっきり親しくなった…ような気もするけれど、塔矢アキラといえば自分の印象はやはり中学時代の。
 「ふざけるな!」とか。
 わざわざ他校にまで足を運んでヒカルに会いに来た二度の場面とか。
 ………友だち?
 首を傾げる。そういえば、サル山のサルがひとつのことに夢中になって、ヒト科への進化を遂げたきっかけは。
 ミッシングリンク。

「ああいう彼氏ならいいなぁ」
 男子蔑視発言を最初にした友人がうっとりと言った。
「ああいうのが好み?」
「だって文化の香りがするじゃん。少なくともドッヂボールが好きだったようには見えない」
 よほどドッヂボールにいやな思い出でもあるらしい。
 しかし確かに、塔矢アキラとドッヂボールはそぐわない、ような気がする。
 一体どんな少年だったのだろう。
 幼い頃から囲碁一筋で、執着したものには激しく接し。

「——あ」
 思わず足を止めてしまった。友人と肩がぶつかり、「今度は何? 誰?」とからかわれた。
 瞬間何かを掴んだ感触があったのだけど、小さな胸騒ぎはすぐに引き潮で、咄嗟に作る笑顔に対し、何の影響も与えなかった。
「ううん、なんでもない。ごめん」
 自分の知る当時の塔矢アキラの一面について——適切であるかは分からない——不意に浮んだのは三文字の漢字だった。


 ———少女性。