見えない敵と静かな罠

 冬になると、あれがやってくる。無防備にドアノブに手を伸ばすと、途端指先に走る痛み。
「いてっ」
 和谷が一瞬「何やってんだ」という顔をして、すぐ察する。
「ああ、静電気」
「俺よく起こるんだよ」
「感電体質なのかもよ。電気うなぎ。電気進藤」
「ええー」
 それから、ドアを開ける場面ではいつも和谷を前に行かせた。ドアノブや車や、いかにもな場所はなるべく自分で手を出さない。
 けれど、そうはいっていられない場所ももちろんあって。

「いてっ」
 神社の人ごみで一旦見失った連れを見つけ、後ろから肩を叩いた。するとぴりりと電気が走った。
「何をやってるんだ君は?」
 塔矢は不審そうに振り向いた。
「うう、見えない敵」
「…何だって?」
「静電気」
 やっと納得したような塔矢と並んで歩く。年末に、やっと、「友達」とか「ライバル」より一歩進んだ関係になった自分たちだった。
「おみくじどうだった?」
「中吉」
 塔矢は少し背伸びをして、木の幹におみくじを結わえた。
「君は引かないの」
「んー、いいや別に。それよりさ、うち来ねぇ? 打とうぜ。打ち初めしよ」
「こんな新年早々ではご迷惑にならないか?」
「だいじょぶ。母さんバーゲンだから。父さんも連れてった。誰もいねぇよ」
 塔矢は、知らない外国語を復唱するように「バーゲン」と呟いた。
「うん。だから打とう。それともお前んちのがいい?」
「いや、うちは今…騒がしいよ」
「だろ」
 ちょっとわくわくして塔矢を家に招いた。当初の目的の通り打ち初めをして、それから二人して沈黙に落ちた。
 つまりそういうことなんだ。
 塔矢が何となく分かっていることが意外だった。
「ええと…」
「…うん」
 そっち行っていいかと尋ねたら、頷かれた。だからもぞもぞ移動した。
 もう少し余裕があればいいのだけど、なかなかそういうわけにもいかない。触っていいか、とか、ましてやキスしていいか、とか…恥ずかしくて聞けなかった。
 だから、ちょっとだけ肩を抱こうとして、手を伸ばした。
「…あ、」
 すると、指先にわずかな痛みが沸いて、思わず手を引いてしまった。
「…進藤?」
「見えない敵」
 そう口早に答えて、一気に抱き寄せた。抱きしめた。
「………」
 恐々と指先から触れようとするから、静電気が起こるんだ。体全体で突進すれば、起こらない。
 どくどくと速い鼓動が重なって聞こえた。塔矢は身体を硬くして、ぎこちなく抱き返してきた。
 放電、しなくちゃ。
 ぼぉっとした頭でそんなこと思って、顔を動かした。

 ちゃんとしたキスをするつもりで、最後に挫けて、頬にちゅっと口付けてしまった。敵は自分の中にいる。
「……進藤」
「…見えない敵」
「嘘をつけ!」
 塔矢がぐいっと頭を引き寄せ、あっという間もなくキスされてしまった。
 唇をぴりっと電気が走ったみたいだった。
「…僕の一勝だ」
 塔矢がふふんといきがって、でも赤い顔をぷいと背けた。