Distance
対局中には断じてそれ以外のことは考えられない。
だからこそ、終わると、それ以外の欲望が湧く。
互いの家などで、周囲に誰もいないときは、特に。
碁盤の距離がもどかしくなる。
今では、座っていても自分の方が目線は高い。
早速検討に入ろうとする…または、次の対局に移ろうとする塔矢へと腕を伸ばし、喧嘩でも始めるように胸倉を掴む。
引き寄せると、塔矢は、咄嗟に手を碁盤につく。倒さないように、石を散らさないように。
反射的に自分より碁を優先する。小憎たらしい。
その憎たらしい唇を奪い尽くす。
碁盤を挟んだ微妙な距離が、こうなると彼の抵抗を妨げる。
「——なんなんだ、キミは」
やがて、突き放すように塔矢が言う。
「……なんでもねぇよ、オレは」
そう言い捨てて、碁石を片す。
本当に、何なのだろう、この距離は。
捨てることも出来ない、だからこそ二人は向かい合うのに。
………それにしても一体、何なのだろう、この距離は。