ブレス

 小さな頃、クリスマスはやっぱり特別で。
 イブの日の夜、ベッドの中でなかなか寝つけなかった。サンタクロースを待ちきれなくて、それでもやがて眠りは訪れる。たとえば深夜、豆電球だけをつけた薄暗がりの中でふと目を覚まし、半分夢を泳ぎながら机の上の見知らぬ包みを見たりした。
 頬を赤く塗る冬の寒さと、秘密めいた贈り物。思い出はいつもきらきらだ。
 大人になって、大人といえる年になって、無邪気な輝きは少しずつ薄れた。それでもやっぱり、何か期待している。

「えー!? 帰れねえの!?」
「帰るよ。だけどかなり遅くなるから、待ってなくていいと言ってる」
「飯、飯は!? 作ったのに!」
「…それはすまないな。明日頂くよ」
「作り立てじゃなきゃ美味くねえの!」
 本日はクリスマスイブ。電話の相手は同居人だ。
「だからすまないと言ってるだろう。何なんだ君は。第一今日に限って夕食が用意されてるとか分かるわけないじゃないか。知ってたら多少は考慮した」
 多少かよ。
 思わずふてくされて黙り込むと、塔矢は溜め息混じりに言葉を継いだ。
「いいじゃないか。子どもじゃないんだし、クリスマスくらい。じゃあそういうことで」
 事務的な言い様で電話は切れた。近くに誰か来たのかもしれない。早口だった。
「…んだよー…」
 買ってきたスパークリングワインは開封しないでおこうかと思った。しかしそれもしゃくだったので一人で飲んだ。二人分用意したナイフとフォークは食器棚にしまって、箸でローストビーフを食べた。テレビをつけると流れていたクリスマスドラマスペシャルを何となく眺める。
 …そもそも初めから賭けだったような。
 純和風イメジの塔矢家でクリスマス行事なるものが行われているかどうかとか、塔矢自身そういうのを気にしてるのかどうか。
 意外にジョーネツ的な奴なので、案外ポイントは押さえるかもしれないと思ったのだ。花束持って帰宅してもそれはそれでおかしくない。反対に、クリスマスがどうしたって反応でもおかしくない。何だかどっちでもありうる。
 ドラマが終って歌番組が始まった。一緒になって、「クリスマスなんて大嫌いさ」と口ずさみながら、食後の習慣で棋譜を並べた。
 数時間勉強をして、ふと気付くと深夜番組だった。時計を見た途端にあくびが出る。
 はいはい、待ってなくていいんでしたね、と一人ごちた。塔矢の分の食事をテーブルに残したまま、ざっと入浴しベッドに潜り込んだ。

 うつらうつらと半分以上眠りかけた頃、塔矢の帰宅する音が聞こえた。静かに玄関をしめる音。遠慮がちに明かりをつけて、また消す音。
 よかったさすがに泊まりじゃないんだ。安心してまたうとうと。すると冷たい体が同じベッドに入ってきた。
 こんにゃろ。来るならシャワーくらい浴びてこい。せっかくぬくもった毛布がまた冷たくなる。
 寝返りを打って抱き締めて、手足を絡めた。嫌がらせのように冷えきっている。仕方ねえなあと呟いたつもりで声は出ず、ただ眠たげな吐息が漏れた。
 塔矢がまったく嫌がらせのようにぎゅうぎゅう抱きついてきた。首にかかる息が凍るほど冷たくて、雪女の呪いみたいだよ。
 やることやった後の普通の恋人みたいに、そんなふうに抱き合って眠った。もちろん、本当にやることやったんなら、こんなに冷たい体じゃないけど。

 翌朝目覚めるともう塔矢はベッドにいなかった。枕元に小さな包みが置かれていた。サンタクロースが来たらしい。
 息を白く染める寒さと、秘密めいた贈り物。クリスマスの思い出は、いつもそんな胸のどきどき。今も昔も。
 リビングにぺたぺた歩いていくと、塔矢は涼しげな顔で冷えきったクリスマスディナーを食べていた。
「おはよ」
「おはよう」
 何でもない朝のように交し合う挨拶。ちょっとだけキスをした。
 息を継ぐときに塔矢が呟いた。

「メリークリスマス」