アマデウス

 週刊碁で自分の特集を組んでくれるらしい。何度目になるだろう。これも仕事のうちなのだから、わずらわしく感じてはいけないのだが、やはりこういうとき、一足先にさっさと引退していった父の気持がよく分かる。
「アキラくんが低段の頃の対局者にも、何人か話を聞いてみたんだけどね。誰だったかな…。おもしろいことを言っていたよ。対局して、『あいつには一生勝てない』と思ったってね」
 それは雑談の中で言われたことだった。天野さんは、言葉通りおもしろそうに笑った。
 一生勝てない——などとこの自分に感じる相手がいるとは思わなかった。
 いや、相手が自分でなくとも、プロ棋士の中に、そんな感慨を抱く者がいるなんて。
「ちなみにアキラくんはいるかい? 絶対勝てないと思った相手」
「…勝てない、と思った相手はいました。でも、一生勝てないと思った相手はいません」
「なるほどね…。その、勝てないと思った相手というのは?」
 ——出会った頃の進藤ヒカル。それから、sai……
「………父、です…」


「塔矢、週刊碁見たぜ」
「…それはどうも」
「かっこよく撮られてたじゃん。それに初めてだよな。塔矢先生の名前が一回も出てこない塔矢アキラ特集」
 言われて思わず進藤の顔を見た。そんなところまでチェックしているとは思わなかった。
「てゆーか、オレだってそろそろ大きく取り上げられてもいい頃だと思わねぇ? 今度天野さんに頼んでみよっかな。なんならお前と二人で取材してくれてもいいのになっ」
 彼の言うことは決して冗談ではない。実際、自分の記事に現れる塔矢行洋の名が少なくなるにつれ、代わりのように、避けることが出来なくなった名は彼のものだ。
 中1の夏、あの三将戦から今まで、彼の成長はあまりに目覚ましい。
「塔矢アキラのライバル! とかってばーんと取り上げてくんねぇかなぁ。…あ、お前の名前が肩書きについてる間はまだまだか、オレも」
 口には出さなかったけれど、「冗談じゃない」と思った。
 口には出さなかったけれど。
 キミはボクの生涯のライバルだ。
 何戦何勝しようといくつのタイトルを取ろうと、そんなことよりキミの肩書きはいつまでも「塔矢アキラのライバル」だ。そうであるためにボクも打ち続ける。
 負けるのは悔しい。自分が、愛するほどに愛されていないと知ることは怖い。
 怖いがそこで立ち止まっていてはキミにすら置いていかれる。
 キミにも、あのときのキミにも、一生、絶対勝てないなんて思うわけない。
 勝てなくても、負けたままでいるものか。
 絶対にそのままで済ませるものか。
 家を出てからあまり対局の機会もないが、父と打つときだとて自分は負ける気ではいない。そうでなくて誰が、神の一手に続く意思を持てるだろう?
 碁を打つボクがキミに愛されれば、キミを愛する神様にだって、愛されたも同然だ。

「ん、で、さぁっ! ここに載ってるNCC杯の棋譜なんだけど、ここのボウシ…」
 進藤とする棋譜の検討や研究や、いつのまにかいつも、対局へと流れ込む。
 打っていたいのだ、肩を並べての「お勉強」より。
 対局の後、進藤が悔しげにこちらを睨みつけてくるか、誰かに誉められるために目を輝かせて、何気なく後ろを振り返るか。
 後者なら、まだ自分は片想いかもしれない。しかし愛するほどに愛されていなくとも、追いかけるのをやめるわけにはいかない。
 目の前の碁盤と石の広がり、その向こうのキミとキミの後ろの囲碁の神様。
 全部まとめて、今自分の次の一手を待っている。