違うだろ俺

 1月8日。月曜日。成人式がそんなに大事なイベントだとはかけらも思っていなかった。普段の対局でよく着るスーツにしようと思っていたら、母さんに止められた。自分的勝負スーツに着替えさせられた。十四のときから社会人なのに、今更二十歳でどうのって問題でもないような気がするのだけれど。
 成人の集いとやらは、地元のホールで行われた。壇上で誰が話していようと、6割ぐらい埋まった座席の皆、思い思いに懐かしい相手とお喋りを交わす。午前が集い、午後が成人式、だ。だけれど、周りの様子を見ると、午後からエスケープ組が多そうだった。スーツの男連中ならともかく、精一杯のおめかし仕様で振袖を着込んだ女性陣は、この数時間のためにどれほどの金と時間をかけたのか。
 ホールの外の駐車場は、華やかな着物の色とスーツの黒でいっぱいいっぱいだった。とりあえずあかりでも探そうかと、いくつものグループの間をうろついた。小、中と同じ学校だった何人かが、こちらの姿を見つけて声をかけてくれた。
「進藤、久しぶり!」
 小学校時代、一緒に散々バカをやった仲間だった。男の中では珍しく、羽織袴姿も目に入る。
「お前大学どこ行ってんの」
「や、俺は大学は…」
「そうだよなぁ、バカ進藤が進学してるかよ」
「専門?」
「や、学生じゃないよ」
「高卒かぁ。フリーターかよ、やっぱりなぁ」
「やっぱりって何だよ」
 つられて、へらへらと笑ってしまった。何となくその場で、そういうイメージ貫き通すのもいいかな、と思ったのだ。期待されている通り。
「変わってないなぁ」
「えー、そうかぁ?」
 今日のスーツ、かなり高かったんだけどなぁ、と心の中で呟く。早碁の棋戦で優勝した、その賞金で買ったのだ。そのうち、タイトル戦、これで挑もうと思って。
「そうだよ、お前昔っからふらふらしてさぁ。バカだったよな、ほんと」
「バカバカ言うなって。お前は今どうしてんの」
 彼の言葉通りふらふらと体を揺らしてふざけてみた。聞いて欲しかったのだろう、相手の唇の端がきゅっと自慢げに上がった。
「○○大学だよ。一浪だけどな」
「へえ、凄いじゃん! 負組の俺とは雲泥だな」
 そう口に出すと、さすがに内心苦笑した。違うだろ。違うだろ俺。
「凄くねぇよ。先の話だけど、俺の学部、就職率いまいちみたいでさぁ。気抜いたらあっという間に俺もフリーター組よ。まぁそれもいいか。進藤みたく気楽そうに…」
 ふっと、メンズの香水の匂いが鼻をついた。そんな気障な野郎が同じグループにいたかな、と思ったとき。
「何言ってんの? そいつ、囲碁のプロだろ」
 気のない様子を装って、ピンストライプの細身のスーツが脇を通り過ぎた。
「……三谷」
「中学のときから、プロの囲碁棋士、やってんじゃん」

 三谷の背中を目で追うと、その先にあかりたちがいた。真っ白なファーを肩にかけた、振袖姿のあかりと、名前を忘れたその友達、それから金子と、ええと、三谷が囲碁部に連れてきた、誰か。
「ヒカルー!」
 あかりが笑顔で手を振った。着物の袖で真っ赤な花柄が揺れた。誘われて足を踏み出した。このまま皆で、どこかで、一局くらい打てるだろうか。