初夏


 それは、初夏の昼下がり。

 「…和谷、今日も張り込みか? ご苦労さん」
 烏龍茶の缶を差し入れに、呆れ顔で冴木が横に並ぶ。
 「別に冴木さん付きあってくれなくていいって」
 「まぁまぁそう言うな。お前と俺の仲だろが」
 茶化した口調。
 「……でもなぁ…この炎天下にストーカーやってる気力があんなら、家の方にでも電話してみりゃいいのに」
 プルトップを引き上げる。
 「偶然を装いたいのよ俺は」
 「…ストーカー…」
 横目で睨む。
 「人のことごちゃごちゃ言ってる暇あるなら、自分の手合いの心配は?」
 「…和谷ぁ…同じ台詞そっくりそのまま返してやるよ…」
 よく冷えた爽やかな味が喉を滑っていく。棋院前の石塀に背を預け、道端の植え込みが風に鳴く。
 どこかで見た顔の男性が、茶封筒を持って横を通り過ぎた。外来受験。プロ試験の、申し込み。
 「……あっつぃー」
 手の平に包み込んだ冷たさを、もう一度握り直す。汗は水滴に混ざる。建物の中に入れば涼しい。が、ここで、待つ。
 冴木が扇子を取って扇ぎ出した。少しでも風を奪おうと、顔を向けて。
 「やらん。どけっての。暑い」
 「ひでぇっ。俺と冴木さんの仲じゃん!」
 暑い、なら、建物の中に入って。
 待てばいい。
 「俺が日射病になったら冴木さんのせい」
 「なんでだよばぁか」
 だけど二人、この直射日光の下、来るかどうか、それすら当て所ない人を待って熱に茹だっている。
 だって、ここに来る人は、この熱さをくぐってやって来るのだから。
 涼しい場所で待ちたくはない。
 「あっつぃー…」
 タンクトップ一枚。未成年の社会人にとって適切か不適切か分からない服装で。
 来るか、来ないか。
 「…100円くらい賭けようか、冴木さん」
 「賭けになるかよ」
 コインの裏表。本当は不安なくせに。
 信じてるふり?
 「じゃぁさぁ、次ここに来る人が男か女か賭けようか。負けた方が、電話する、」
 一つの提案に、渋る顔で腕組みする冴木。構わず続ける。
 「じゃあ俺、男!」
 「…卑怯だろそれ? そもそもの男女比率がだなぁっ」
 文句を言われ、けらけら笑う。飲料水をもう一口。
 「あ、でもほら、あそこの女の子、こっち向かってるっぽい。院生かな…」
 「よっし。来い来い」
 「冴木さん大人げないよ」
 「だーまーれ」
 大きな手提げカバンを持った少女は、しかし目の前を通り過ぎていった。
 「ざーんねん、冴木さん!」
 「…だぁから、そもそもの男女比率がだなぁっ!」
 首筋に汗が伝う。手で拭う。日が高い。雲が行く。
 人はなかなかやって来ない。先ほど入っていった男が、こちらを不審がりながら帰っていった。怪しくて悪かったな、プロだよこう見えても。心の中で毒づいた。

 来るか、来ないか。
 じりじりと人を待つ焦燥。
 これ以上日を延ばすと、申し込みの期限が切れてしまう。

 来るか。

 来ないか。


 「ストライク!」
 空になった缶を、手近なクズカゴに放り込み、大声で叫んだ。
 「冴木さん、俺の勝ち!!」
 乱暴な初夏の太陽に目を細め、うつむきがちに道を来たその人は、驚いて顔を上げた。
 小脇に抱えた茶封筒。
 それから、笑って「久し振り」などとボケたことを言うから。
 思わず二人して怒鳴り返してしまった。

 「おっそいんだよ!!」  




ありがとう、ございました。
大津拓己拝