夏の暴力的な日差しにほこりが舞っていた。
テーブルを乾拭きする。
そんな動作を何度も繰り返す。
平日の夕方、碁会所に人はまばら。自動ドアの開く音がして、反射的に振り返った。
「…こんにちは」
はにかむような笑顔をごく自然に作りながら、少年は制服姿で近づいてきた。
「市河さん、あのね、」
「日曜日に名人に聞いたわ」
テーブルを拭きつづける自分の手を見つめると指先が荒れていた。
「今年のプロ試験、受けることにした、って」
雑巾を折りたたみ、向き直った。
「学校の囲碁部はどうするの?」
「あ、それは…」目をそらした。「もういいんだ…」
何が?
「寄り道だったから」
目を伏せた。
「……誰にも何にも言わないで一人で決めちゃったのね」
「だって、僕のことだから」
伏せていた視線を上げて少年は言った。
この歳にしては。
覚悟の定まった視線はいつだって一心不乱だった。
「…アキラくんはいつだって格好良すぎるわ…」
「…何。…そんなことないよ」
また、うつむくの。
視線をそらすの。
なぜ。
「……ねぇ、」
ねぇ。
向けられた無邪気なまなざしにそれ以上はけして言えなくて口を閉ざした。
でも、ねぇ。
…ねぇ、それはそんなに大事なことなの?
「…目標があるって、いいことだと思うわ」
「うん、ありがとう」
微笑んでうつむいて髪が揺れる。
視線がそれる。
揺れる。
その中に子供らしい逡巡を探る。
張り詰めていた糸が切れたように、うつむくの。
目線の高さを支えていた力はどこへいったの。
……違う。
目をそらすことに苛立つのではない。
そんなままでも自分の意志で誰にも頼らず決断し、前へ進んでいこうとするその強さが。
アキラ先生。
そんなふうに呼ばれて奥のテーブルに近づいていく。
少しだけ振り返って安心させるようにまた笑った。
髪が揺れて視線がそれた。
雑巾を裏返し畳み、同じ一つのテーブルをまた拭きなおす。
拭いても拭いてもほこりがしつこく落ちて嫌になる。
明るい笑い声。
手を止めずに思う。
……ねぇ、それが「可哀想」だなんて、絶対に、思われたくないのでしょうね……。