「これで——終局。結果は、」
「白の勝ち……ですね…。…これは本当に…」
「進藤ヒカルだよ」
「————これが」
放課後、廊下で呼び止められた。出席日数の話か提出物の話か…いろいろな可能性を考慮しつつついていくと、そこは囲碁部の練習場所。
「懐かしい」とは思わない。どちらかというと、今でも居辛い。かといって萎縮するのも妙なので、躊躇いながらも尹の後を追った。
「見て欲しい一局があるんだ」
と言われて首をかしげる。出来れば早く帰りたいが、邪険にするわけにもいかない。
「夏休み中…同郷の友人が経営している行きつけの碁会所にね…。院生が数人で訪れていたんだ。———白が、そのうちの一人。黒は、韓国の研究生で、名を洪秀英」
その前置きは、自分には効果的。院生の一人…進藤ヒカル、か……。今、プロ試験を受けている…
彼の対局を目にするのは、若獅子戦以来。
…初めの数手で唇を噛んだ。
これが進藤ヒカルか。去年、ここで、あんな無様な碁を打った、彼の手か。
対局はぎりぎりのところで競り合って進んでいく。どちらかのミスを待つか、リスクを承知で攻め込んでいくか…
と、突然、白が、腑に落ちぬ一手を放った。
さらに進む手数のうちに……その一手、が……
「——嘘だ」
思わず呟いた。これが、進藤ヒカル?これが?先の先の先まで見通したような手を……彼が?
混乱、した。同時に納得した。若獅子戦での対局についてだ。一気にパズルが解けた。緒方も人が悪い。彼は見ていたのだ。そして尹も。その目で見ていた。
……自分だけ、いつも見逃しているような気がする。いつもいつも。懸命に目を凝らしているつもりで、いつのまにか核心から逸れている。
「これで——終局」
尹が、ひときわ大きな音を立てて石を置いた。
自分が、はっきり、身をもって知っているのは、小6のときのあの一局。何度も、何度も繰り返し並べた惨敗の対局。そして、中学囲碁大会での…あの一局。
繋がらない。どうしたって矛盾している。一体何なんだ——————彼は。
尹に礼を言って教室を出た。打ちたい、打ちたいと無性に思った。
(美しい一局だった——)
あの、石の流れ…あの一手……
(悔しいよ。対局者がなぜ僕じゃないんだろう……)
もし自分なら…あんなふうには行かせなかった。あの一手では揺るがなかった。
もし今の自分なら……………負けなかった、のに………。
———どうだろう?悪手のようなあの罠を、見極められるか、確たる自信は、ない。
それを確かめるため、今、今すぐにでも——————戦いたい。