チロルチョコ2個…も、買えない。電話ならかけられる。
20円というのはそんな値段。笑えば泣くし、普段ははしにもぼうにも引っかからない。
プライドの値段だ。それとも、馴れ合いの?
気が付いたときには不利だった。身構えて打ち始めていただけにショックで、まさか気の迷いかと三谷は盤上を見つめた。
いや、間違いない。このままいけば、負ける。
…夏休み明け、久しぶりに打った進藤は、著しい成長を遂げていた。互戦で負けた。冗談じゃない。
「おい!もう一局!!」
むきになって、はしゃぐ進藤の胸元に指をついて叫んだ。二度目の対局は三谷が勝った。
「ちぇー、やっぱ偶然かーっ」
進藤はがっくり肩を落としているが、こちらとしてはほっとした。ひやひやしていたのだ。ずっと。中盤で進藤が2、3のポカをやらかさなければ、二連敗だったかもしれない。
「お前、夏休み中何やってたんだ?」
さりげなくさぐりを入れる。
「えー、三谷のねーちゃんとこで、インターネットー」
「…だよな」
「おもしろかったぜー。結構強い人いるんだ」
「ふーん」
碁石碁盤をだらだらと片付けながら、今度ちょっとだけ覗いてみるかと思った。姉がいるときは冗談じゃないが。
———でなければ。
これはいつか、負けるかもしれない。(今日負けたことは棚に上げて)
「進藤君、強くなったねぇ」
上級生の筒井がしみじみと漏らした。三谷はコメントを差し控える。カバンを引っ掛け、上履きのかかとを踏み潰したいつもの格好で理科室を出た。
「強くなった」などと簡単には言えない。悔しい素振りを装わないことには、どうにもこうにも立ち行かない。だから言いたくても飲み込んだ。
(…けど、まぁ、俺が育ててやったようなもんだから…)
「構わない」というのも変だが、それに似た気持ち、も、ある。
(20円貸してくれないか?)
格好をつけて言うべき言葉を飲み込んでいるうち、どんなに口にしたくなくても、言わねばならない言葉があること、忘れかけていた。
(…マケマシタ………)
進藤のクラスと3組は、週に一度、体育の授業が入れ替わりにある。更衣室の出入り口などで、たまにすれ違うが顔も合わせない。
「おい、みた…」
声をかけられても基本的に無視。大人気ないのは分かっている。夏目が側にいるときなどは、特にそうだ。事情、知られてしまっているから。
あんな些細なことで。そんなふうに思おうともした。
相手は三面打ち、それで、コミを入れて六目半の負け。
事態としてはただそれだけ。
マジになるのも馬鹿馬鹿しい———たかが、囲碁。たかが、部活。たかが、大会。
「……受かったよ、俺」
あるとき、更衣室前の踊り場で、進藤がぽつりと言った。
顔も上げずにすれ違ったのはお互い様。
そっか、それは良かったな、タイヘン、ヨーゴザイマシタ…
心の中で悪態をついて、ムカムカする腹を抱え教室へ向かう。
20円で買った恩は売るときもあっけない。
———嘘だ、嘘。それは、嘘…
コミを入れて六目半の負け。
あの一局に、結構自分は賭けていたのだ。
顔をしかめて廊下を歩く。
そっか、受かったか、それは………
「………オメデトウ………」