岸本さんが学生本因坊になったので、そのお祝いをすることにした。といっても、普段よりは少し豪華な食事を食べに行こうと誘っただけだ。岸本さんとは、院生になる前後あたりから、ぽつりぽつりと縁がある。何かにつけ要領のよい人だったらしく、大学に入っても多方面で活躍しており、逆に、囲碁関係の友人はもう自分くらいしかいないとのことだった。だから、八月も上旬に行われたアマ棋戦の、一月遅れのお祝いでもしたいと思った。

 待ち合わせのジューススタンドで、岸本さんはすっかり汗をかいたコップを前に、文庫本を開いていた。
「ごっめん。指導碁長引いて」
 隣のストールに手をついて声をかけた。岸本さんは本から目を上げ、「構わないよ」と微笑んだ。ジュースの氷はわざと溶かしているようだった。ぎんぎんに冷たいのは苦手なのだ。
 岸本さんがジュースを飲み終えるのを待って、予約している店へ移動した。未成年だけれど特別な日なので、岸本さんの飲むお酒を一口貰うことができた。
 学生本因坊戦の話を聞いた。大体がすでに顔見知りの集まりなので、棋戦の二日の間は、対局時以外でも集まって楽しい、とか。○○くんと××くんは囲碁を通した幼馴染なのだけど、普段は地方で離れているから、このときとばかりに仲良く意見を戦わせていた、とか。
 そんな中で、ふと岸本さんは話題を変えた。
「そういえば先日、海王囲碁部のOB・OGの集まりがあって、塔矢を見かけたよ。もっとも彼は、特別ゲストのようだったけれど」
 へえ、と、何と言うこともない相槌を打つのがワンテンポ遅れた。
「…何か新鮮。岸本さんと塔矢」
「……なぜ?」
「うん。不思議。元々岸本さんは俺にとって『塔矢のいる海王囲碁部の大将』でしかなかったのに、いつのまにか、そっちの繋がり出される方がびっくりだったみたい」
「…そう」
 岸本さんはおかしそうに少し笑った。

 人の縁、って古めかしい言い方のものを、自分も岸本さんも実感している、と思う。それはぐるぐる自分たちの周りを巡って、どことどこがどう繋がっているのか、不思議なくらいに。

「まあいいや。学生本因坊戦優勝おめでとう」
「ありがとう」
 岸本さんは静かにグラスを傾けた。