声をかけてくれたのは、あんまり驚いたからだったと思う。町中で見掛けたとかなら、きっと三谷は無視してたはずだ。
 終電から降りた深夜の改札口には他に人もいなかった。
 街灯の薄い光の下、バス停のベンチに座って、缶コーヒーを飲みながら会話した。三谷は、美容師になるための専門学校に通っているらしい。中学当時の私服なんて、修学旅行で一瞬見ただけの記憶しかないけれど、今日の服装とかも何だかお洒落っぽい。アクセサリーもいくつかつけていて、こういうのはもてるんだろうな、と思った。
「あ、お姉さんは元気?」
「去年結婚した」
「まじ!? わあ…おめでとうって言っといて。俺ファンだったんだ」
 三谷は答えずに、わずかな間の後「お前煙草持ってる?」と聞いてきた。
「三谷吸うの!? 未成年!」
 驚いて声をあげたら、何だか中学生に戻ったようなカン高い声になってしまった。言い方が。幼い。
「自分で買ってたら量も金も際限ないから、大体いつも貰い煙草」
 三谷は笑った。「碁会所行くと吸い切れないくらい貰える」
 立ち上がり、三谷は近くの自販機で煙草を買った。ベンチに戻り、シャツのポケットからライターを取りだし、吸い始める。まじまじ眺めていると、箱を差し出された。
「試してみろよ」
 箱口から一本突き出ている煙草をおずおず摘み出した。口にくわえると三谷がライターの火を近付けた。少しだけ屈んで、物騒なその明かりを分けた。街灯の高い青い光には、羽虫がじじじと飛んでいた。
(…苦い)
 一服し、心の中で呟いた。二人言葉なく、三谷が最初の一本を吸い終るまで一緒にいた。
 やがて、三谷は立ち上がり「帰るよ」と言った。背中を見送りかけ、それからやっと慌てた。
「あ、待った! 携帯! 携帯教えて!」
 三谷はわずかに振り返り、肩越しに呆れた視線を投げて寄越した。「ばーか」。

 意地を見せる人もいなくなったので、まだ長さのある煙草を、備え付けの灰皿で押し潰した。
 三谷はいまだに自分を許さないらしかった。許されないことが彼との絆のようだった。