模試で全国一位になった三年生がいるらしい。よくよく噂を聞くと、一科目だけの順位で、受験者数も少ないものだったらしいが、それでも一番は一番。
 さらに噂をよく聞くと、その上級生は加賀らしい。
「へえ、加賀って頭いいんだ!」
 短い休み時間、偶然廊下で遭遇した筒井さんにそう感想した。
「そうだよ。まったく…腹の立つことに」
「別に腹は立たないけど」
「うん、実は僕もそうなんだ」
 筒井さんはそう言って首をすくめた。

 冬の球技大会。全学年一斉に行われ、今年の種目はバレーボールだ。女子の歓声が聞こえるので覗いてみると、コートには金子がいたりした。
 うちのクラスは二回戦敗退。こうなるとつまらなくて、他のクラスの応援というか冷やかしにもすぐ飽きる。体育館のトイレに行った帰りに、寄り道して校舎裏に回ってみた。と、きな臭い。
「加賀、みっけ!」
 自分も含め、全校生徒が体育着のはずなのに、加賀は学ラン姿だった。非常階段に腰を下ろして、煙草を吸っていた。
「サボリだ」
「おー」
 加賀はやる気なさげに片手を上げた。
「煙草吸ったら頭悪くなるって言うのに。加賀って実は凄かったんだ。先生たち、授業ごとに褒めてくよ。カツマタ先生以外だけど」
「おー」
「嬉しくないの?」
 率直に尋ねると、額を指で弾かれた。
「お前な。俺のことより自分のこと! 院生なったんだろ? 塔矢はプロだぜ、プロ」
「わ、分かってるよ!」
 意外に痛む額を押さえ、むっとして言い返した。
「分かってんなら、分かるだろ?」
 加賀は、煙草を銜えると自分の頭をわしわしと掻いた。
「これと決めたこと以外での一番なんか、意味ねぇっての」

 以前ちらりと見た将棋部の部室には、たくさんのトロフィーや賞状があって、それら全部加賀の名前が記されていた。
 それでも足りないんだ。だってそんなのは、「たかが中学の部活」。

「…加賀はプロになんないの。将棋の」
 また率直に尋ねると、加賀は苦笑した。
「……そうだなぁ…」
 そして空を仰ぐ。彼の吐いた煙が、頬にさえ感じない風にそっと揺らいだ。