第一回北斗杯以来、高永夏とは一度も会話を交わしていない。お互い、相手の国の言葉を学ぶ気がないし、それでなくとも自分たちが顔を合わせるような機会など少ないのに、そうそう秀英や塔矢が近くにいるわけでもない。
 同じ場所にいたりするとき、たまに永夏は何か呟いたり、自分へ向けて何かを話しかけたりする。同じように自分も、どうせ分からないからと思って、「相変わらずすげぇ睫」とか声に出して呟いていたりする。「ちょっと太ったんじゃねぇ?」とか聞いてみたりする。
 なんだかよく分からないけれど、そんな状態だから、周りが心配するように喧嘩になったりもしない。仲良くもならない。言葉が通じないっていうのは、思った以上に凄い距離感だ。
 それでも次第に、仲が良いと思われているらしかった。一つしか年も違わない。遠慮なく言いたいことを口に出す。放り投げた言葉はどこかに吸い込まれていくだけなのに。
「なんか、仲良しって思われてるらしいぜ俺ら」
 久しぶりに会った永夏の隣で、会場の心地よいざわめきを聞きながらそう話しかけた。もちろん永夏は理解しなかった。グラス片手に、微笑んでいる。何を考えているのだが分からない。何か答えたように違う国の言葉を羅列するも、今度はこちらが意味不明。そんなことを数度繰り返す。

 囲碁の別名はいろいろあるけれど、ポピュラーなものの一つに「手談」がある。
 一方で、碁盤の足が模っているのは梔子の実だという。三者は口出し無用。

 背の高い永夏と並んで壁の花になり、日本語と韓国語でディスコミュニケーションしていたら、通りかかった天野さんが笑って、「仲が良いね」とコメントしていった。