自分とメールをやり取りするために、秀英は専用のキーボードを購入したらしかった。一週間で2〜3通くらいの電子メールを送りあう。つまりメル友だ。
 二週に一度くらいか、もう少しレアな割合では、ネット碁を打ったり、合間にチャットを交わす。たとえば近所に住む昔の友達とかよりよっぽど互いの近況を知っている。風邪気味だとか。今日こんなことがあった。最近気になっていること。エトセトラ。
 ネットって不思議だ。たまに、今、片一方のウィンドウで碁を打ちながら、他の小窓で好きな動物の話ししてるこの相手が、本当に秀英なのかちょっと疑問に思う。お互いタイピングが速くないというのもあるけれど、チャットではどんな話題でも均質的だから、海隔てた彼と何をわざわざ、みたいなネタでも普通に相槌が返るし、自分も打ってしまう。
 感心するくらい流暢に自分と会話できる秀英も、文字となったらたまに変な日本語だし、そういうことが積み重なって、ある日不意にイラっとしてしまった。
 対局もチャットも途中で、接続を切って、寝てしまった。

 数日パソコンに触らなかった。別に支障ない。何もない。たとえば塔矢とだって、下手したら一ヶ月単位のスパンで言葉交わさないときだってある。急にいろんな話をしろと言われた方が困る。何を話すよ。
 そう思って、棋院で見かけた塔矢をじろじろ視線で追っていたら、つかつか近寄ってきて「気持ち悪い」と言われた。
 さらに数週間、一度もパソコンを立ち上げずにいたら、家に電話がかかってきた。
 心持ち遠い電話口。きゃんきゃんと拗ねたように、たまに外国の言葉が混じる秀英の声を聞いていると、今度は逆に笑いがこみ上げてきた。さらに怒って、次には呆れて、秀英は最後には黙ってしまった。
 その沈黙の時間にも、なぜだか笑いが止まらなかった。
「秀英だ」
「……そうだよ」
「俺の名前は進藤ヒカル」
 笑いながらそう告げると、秀英は「…知ってるよ?」と大きなため息をついた。