門脇さんの前から、数えるのも忘れたグラスが消えてまた現れる。大人しくコーラの二杯目を注文したままで、うんうん相槌を打っていた。知らないうちにこっちが狸の置物に化けたって、門脇さんは気づかずに話し続けそうな勢いだったけれど、ずっとうんうん聞いていた。
「…思い出ってのは綺麗に見えるもんだろう、現実より」
「うん、そうだね」
「だからな、ふと気を抜くとな、あのときの小学生がもう実際より大幅に凄い奴だったんだと思ってしまうわけだな。いや実際凄かったんだが、強すぎる碁だったんだが、それこそこの世のものじゃないくらいに思えてな」
「うん、そうだね」
「一局の内容より、イメージが先攻してしまいそうになるんだよ。けどな、実際、俺はあの一局を並び返せるわけだ」
「うん、そうだね」
「そうしたらな、確かに強いんだが、それは現実そこで打たれた一局なわけだよ」
「うん」
「検討もできる」
「うん」
「遠いけれど、」
「うん」
「手が届かないわけじゃ」
「うん」
「絶対にないんだ。そこにいた」
「…うん」

 門脇さんは、目の色を濃くして呟いた。
「なぁ……囲碁を始めて何年になる?」

 望む答えを呟き返すと、門脇さんは満足そうに唇を笑わせ、ゆっくりカウンタに突っ伏して寝息を立て始めた。