台風による強風警報が出て学校は半ドンになった。大人しく家路についていると、後ろから車のクラクション。
「よー、学校終わりか?」
 タクシーの窓から、サングラスをかけた河合さんが手を振っていた。
「警報出たんだよ。知らない?」
「お、ほんとか。そりゃぁ稼ぎ時だな」
 まだ、多少風が強いくらい。空が暗いくらい。河合さんは車を横付けして扉を開けた。
「送ってってやるよ。どうせ駅に人拾いに行く方向だしな」
「らっきー」
 本当は、別に車なんか使う距離ではない。だけど学生服のままで後部座席に転がり込んだ。そういえばお金は返したっけ、とぼんやり思って、大丈夫だと記憶が告げる。夏に手合に復帰して、前のめりに駆け抜けて、久しぶりの学校だったりした。
 車に乗ってすぐくらい、フロントガラスに水滴が当たったと思えば、一気に雨が降り出した。ワイパーが動き出すも、水の量は多すぎて、ガラスの上で波打った。風も強くなったようで、耳を劈く水音に紛れ、空気を切る唸り声が聞こえた。
 視界が悪い。辺りはすっかり真っ暗で、時間をスキップして夜になったようだった。
 河合さんは大分スピードを落としていたけれど、あるとき急ブレーキがかかった。
「わっ!」
 頭を、運転席の背もたれに打つ。物理的な力に逆らい体を起こし、外を見た。視界が悪い。誰かが早足で歩いていた。背の高い人のようだった。髪の長い人のようだった。
「あぶねぇなぁ」
 河合さんは舌打ちを響かせた。
 不意に、やっぱり、学校帰りに車で送ってもらうなんてことに物凄い居心地の悪さを感じた。
「ここでいいや!」
「あぁ? 豪雨だぜ?」
「うん。いいよ。傘あるし! ありがと!」
 扉を開けてもらった。途端に雨が吹き込んできた。その中に飛び出した。スニーカーの中、制服のズボンの裾、鞄、傘を握る手のひら、髪、すべてが瞬く間に濡れた。その中を走った。もっと小さい頃なら無邪気に、恐れも知らずにただ楽しかった。

 傘が風に壊れて、立ち止まったとき、背後をずっとついてきていたらしい車のライトに気づいた。


台風14号の被害がこれ以上拡大しませんように。。