LAST LOVE LETTER
        〜星空が愛しい理由(わけ)

#この作品は、東京都町田市のプラネタリウムで上映されていたドラマです。
  登場人物は声のみの出演で、スクリーンには
 イメージ映像や星空が映し出される、という構成でした。
 (ラジオドラマのプラネタリウム版のようなもの)
 僕は星がすごく好きで、しかもセンチメンタルな話に目がないので、、
 この作品を見たときはかなり感動してしまいました。。
 どこまで再現できるかは分からないけど、ここに残しておこうと思います。


(どこからか、教会の鐘の音。) 女性の声「前略、上原浩太様。約束の夜です。      さぁ、星のせせらぎの中、      十字架の下に隠した宝物を探しに行きましょう。」 * * * 僕がその手紙を受け取ったのは、2002年1月14日のことだった。 差出人は、上原浩太。10年前の、僕自身からの手紙だった。 なんて事はない。小学校4年生の頃、学校で書かされた手紙だ。 10年後の自分に宛てたメッセージ。そういえば、成人の日に届くことに なっていたっけ。成人の日なんて、あまりピンとこない。 手紙が来なければ、きっと今日がそんな日だってことも 思い出さなかったかもしれない。去年の11月に二十歳になったけど、 自分の中じゃ何も変わらないし、成長もしていない気がする。 「二十歳の上原浩太様へ。  あなたは星が好きだから、きっと今頃は天文学者になっているでしょう。  それとも、宇宙飛行士ですか?   夕べはとても綺麗に星が見えました。」 手紙の中では、十歳の自分が、 無邪気に二十歳の自分に向かって、夢を語っていた。 「十歳の上原浩太へ。君が夢描いた十年後の自分は、  実に平凡に生きています。天文学者や宇宙飛行士の夢なんて、  とっくに消し飛んでしまうような、そんなリアルを生きています。」 そう言えば・・・、いつからだろう。 星空を見上げることがなくなってしまったのは。。 見なれた町田の街並み。でも、もうすぐお別れだ。 4月になったら、僕は住みなれた家を出て、 都心に近い会社の寮に入ることになっている。 あっというまの専門学校での2年間。 たいして希望した会社でもなく、何だかぼんやりとした中で、 僕の社会人生活は、始まろうとしていた。 「おや?」 十年前からの手紙は、なぜかもう一枚届いていた。 差出人は・・、友井 百合。 誰だ? こんな同級生いたっけ?? でも、何で俺なんかに。 「星のせせらぎの中、  十字架の下に隠した宝物を探しに行きましょう。」 手紙の中味は、これだけだった。 星のせせらぎの中、十字架の下に隠した宝物・・。 何なんだ、これ? 友井百合。ともい・・ゆり? はぁ、ダメだ。覚えてない。 女性の声「約束の夜だから」 えっ? 女性の声「今夜は約束の夜。      私はずっと、この日を待っていた。      この約束の夜を、待っていた。」 僕の耳にささやきかける、不思議な声。 その声に導かれるように、僕は友井百合からの手紙を握り締めたまま、 表へと歩き出していた。 目の前を過ぎていく光景が、いつもと様子が違うことに気付いた。 それは、いつもの道じゃない。見知らぬ風景。 不思議な、ありもしない風景のはずなのに、 僕の胸に何故か懐かしさがこみ上げてくる。 僕は今、、どこに向かおうとしているんだ? いつしか僕は、不思議な場所へとたどり着いていた。 見覚えのない風景。だけど・・知ってる。 僕はこの場所を知っている。何でなんだ? < 「約束だよ・・」 > そうだ、僕は約束したんだ。この場所で。 どこかに隠したはずの、何か大切なものを見つける約束を。 でも、何を隠したんだろう? 誰と約束したんだろう。 星のせせらぎの中、十字架の下に隠した宝物・・。 気付いたとき、僕は満天の星の中にいた。 自分が地上から見上げた星空なのか、それとも 自分の体が浮いて、星空を漂っているのか。それさえも分からない。 ただ、星のきらめきを感じるだけ。それだけだった。 女性の声「ずっと待っていた。あなたをずっと、待ってた。」   浩太「え?誰だ?」 女性の声「よかった、間に合って。だってもうすぐ、何もかも      思い出せなくなりそうだったから。思い出の全てを、何もかも。 (こいぬ座のスライドが出る)      この子犬も思い出せないでいるの。自分が誰を待っているのか。      冬の星空で永遠に泣きつづけているの。子犬の瞳はいつも涙で濡れている。      だから人々はあの星をこう呼ぶの。『泣き濡れた瞳』って。」   浩太「きみは一体誰なんだ?」 女性の声「でも、子犬が涙を浮かべるのは、もしかしたら自分の為じゃなく、      見上げたその先に浮かぶ、双子のためかもしれない。」 (こいぬ座の先、双子座の上に、青白い炎が揺れている)   浩太「あれは?」 女性の声「セントエルモの灯。悲しくて、とても愛しい双子がいる場所に      ともる、淡い炎。兄のカストルが命を落としたとき、      弟のポルックスは、自分の命の半分を、兄に分けた。      そして兄弟は、永遠の命を得たの。星になることで。      私思うの。子犬の瞳が濡れているのは悲しいからじゃない。      命というものは限りあるものじゃないことを、      双子座が教えてくれていることが嬉しいからだって。」   浩太「友井、、百合さん?      君があの手紙をくれた、友井百合さんなのかい? そうなんだろう?      なぜ、僕に手紙をくれたんだ?      なぜ十歳の君が、二十歳の僕宛てに?      それに、あの言葉の意味は、なんなんだ??」 女性の声「思い出したかったから。 (百合) あの日、星のせせらぎの中、十字架の下に隠した宝物を。      思い出してほしかったから。二人の宝物を空に返した、あの日のことを。      二人の宝物。それは、金色に輝くトパーズと、青くきらめくサファイヤ。」 浩太「これが、、十字架の下に隠した宝物?」 百合「最後の夏休み。あなたは私に教えてくれた。    星のせせらぎで輝く、十字架の場所を。」 浩太「僕が・・君に?」 <「あれは、サファイヤ。百合ちゃんの誕生石」   「あれは、トパーズ。僕の誕生石。」  > 百合「星空の中、私は星のせせらぎの中を立つ、    十字架を探して回った。でも、十字架は見つけられなかった。    だから私は待ったの。あなたの元にその手紙が届く日を。    今日が約束の日。星のせせらぎに立つ十字架を、探しに行きましょう。」 浩太「ごめん、僕にはもう、そんな記憶はないんだ。    君のことだって、思い出すことができない。    長い間、星空のことさえも忘れていたんだ。    それに、この街の夜空は、星を見るにはもう、明るすぎる。」 百合「思い出して。星達のことを。あなたは忘れてなんかいない。    そしてどんな街の夜空にだって、星は必ず、またたいているの。」 浩太「よしてくれ、いつまでも子供じゃいられないんだ。    十歳の頃と同じ目で見ることは出来ないんだ。」 百合「それじゃ、この星座を見ることが出来る?    よく見つめてみて。あなたならきっと、見ることが出来る。」 (夜空に、一角獣の星座が浮かび上がる) 浩太「この星座は・・」 百合「ユニコーンよ。」 浩太「ユニコーン?」 百合「一角獣座。この星座はね、心の綺麗な人しか、見ることが出来ないの。    上原君は、何も変わっていない。私に宝石を教えてくれたときから、ずっと。」 (流れ星が落ちる) 百合「あ、星がこぼれていく。」 浩太「流れ星は、誰かの人生が終わったときに流れる、とも言うね。」 百合「もしそうだとしても、悲しむことはないわ。だって、流れた星と同じ分、    命は新しく生まれるものだもの。今、この瞬間にも。」 浩太「友井さん。。君は、、」 百合「見て。天の川があんなにきれい。    アメリカの先住民達が、天の川を魂の道と読んでいたの。    人は亡くなると、この天の川を通って天国に行く。彼らはそう信じていた。    天の川のせせらぎは、星々のきらめき。    私たちの太陽と同じ、無数の恒星の集まり。    ほら、射手座のケイローンが導く先に、天の川の一番深い場所があるの。 (星雲のスライドが出る)    星雲は星が生まれる場所。    この光の雲の向こうで、新たな星が、悠久の時の産声を上げるの。」 浩太「天国って、こんな世界を言うのかもしれないね。何だか、そんな気もする。」 百合「宇宙には、天国も何もないわ。ただ帰る、そう、帰るだけ。 (夜空に白鳥座が浮かび上がる)    見て! 白鳥が大きな翼を広げて飛んでいく。」 浩太「星のせせらぎの中、十字架の下に隠した宝物・・。    そうか、十字架って! ほら、天の川。天の川の白鳥を見てごらん。    白鳥座はそのくちばしに、きらめく星をくわえている。その星は、アルビレオ。」 百合「アルビレオ・・」 浩太「天の川の中、逆さになった白鳥が、まるで」 百合「青い十字架・・」 <「あれは、サファイヤ。百合ちゃんの誕生石」   「あれは、トパーズ。僕の誕生石。」  > 浩太「トパーズと」 百合「サファイヤ。。」 百合「ありがとう上原君。遠い昔になくした物を、    ようやく見つけることが出来ました。」 浩太「思い出したよ。夏休み前の遠足の時、友井さんが急に転校することになった、    って聞かされた。その時、」 百合「うん、私、何だか泣いてしまって。学校に戻ってきたときだった。    上原君が急に、空を指さして言ったの。」 < 「百合ちゃんは、一人なんかじゃないよ。」   「遠く離れても、ずっと一緒にいるんだよ」   > 百合「アルビレオの話をしてくれた。    青い星と黄色い星が、仲良く並んでみえる星のことを。    青いサファイヤは9月。私の誕生石。    そして黄色いトパーズは11月。あなたの、誕生石。    あの星は、私の宝物になりました。    だって、あのアルビレオのサファイヤは、私が生きた証だから。    私がこの世に生まれた証。そして、私が帰っていける場所。」 浩太「友井さん、まだ教えてもらってない。    十年前、君はなぜ僕に宛てて手紙を書いたんだ?    二十歳の自分じゃなくて、なぜ僕に。」 百合「星空が愛しいから。星空を、愛しく思えるようになったから。    それに、十年前の私の言葉を、あなたに伝えたかったから。    それが、私の十字架の下に隠した本当の宝物」 <「十年前」  「私は」 「あなたが」 「好きでした」− > 気付いたとき、僕はまた、あの不思議な風景の中に立ちつくしていた。 そうだ、思い出した。ここって小さい頃、よく父さんと一緒に星を見に来た場所だ。 多摩の横山。昔の人はこの場所をそう呼んだと、父さんは言っていた。 そして、そうだ。ここに彼女と来たんだ。ここで約束をしたんだ。 十歳の頃の上原浩太と友井百合が、約束をした、この場所。 *  *  * あれから2ヶ月余り。桜のつぼみもふくらんできた、今日、 僕は、社会人として第一歩を踏み出す。 あまり意味のない就職と思っていたけど、これも、僕が選んだ道なんだ。 こんな風に思えるのも、あの日、1月14日の出来事があったからだと思う。 結局あの日のことを説明することは出来ない。 もし、事実があるとすれば、そう、あの場所は、今はもう無いと言うこと。 谷戸と呼ばれたこの場所は、その風景をまるで変えてしまった。 谷戸という場所が別の空間へとつながっているという伝説も、 その景色の移り変わりと共に、街の人達の記憶の中から消えていった。 あと、事実と言えば・・、 浩太「もしもし、近藤? あぁ、おれ、上原だけど。うん、ひさしぶり。    あぁ、あのさぁ。ちょっと聞きたいんだけど、お前さぁ、    友井百合って覚えてる? そう小4の頃の転校生。        ・・えっ?   」 事実はとても単純だ。 友井百合は、十歳で亡くなっている。 生まれつきの病気だったらしい。 2学期から友井百合が通った場所は、教室じゃなく、病院だった。 あの二十歳の自分宛に書かされた手紙。 それが友井百合にとって、最後の授業となったんだ。 友井百合はどんな想いで十年後を想ったんだろう。 そこから先は、事実はない。 あるのは、2002年1月14日に届いた、この手紙だけ。 最近、星空を見ると、なんか切なくなってくる。 このきらめきの一つ一つを、愛しく思えてくる。 そのわけは、あの場所にしまった、宝物のおかげなんだ。 星のせせらぎの中、十字架の下にそっとしまっておいた、あの宝物。 ラスト、ラブレター。 (どこからか、教会の鐘の音。)                            <おわり>
<解説> この作品は、町田市の新成人式のプロジェクトの一つとして、 「二十祭まちだ」実行委員会により企画制作されたものです。 実際のプラネタリウムでは、 前半が今月の星空の紹介、後半が今回のドラマ上映という 2部構成になっています。もちろん前半は普通のプラネタリウムなのですが、 星が生まれる場所「星雲」、こいぬ座にあるゴメイザ(泣き濡れた瞳) という星の名前の由来、双子座の伝説、一角獣座について等の解説があり、 実は後半のドラマの伏線になっているのです。すごいですよね。 ちなみに、最後に出てくるアルビレオ(白鳥座の星)は、 夏から秋にかけてよく見えます。 色の違う2つの星が、寄り添って見える、とても美しい二重星です。 ぜひ今年の夏に見てみて下さいね! 星の話をし出すと止まらなくなるので、この辺で。。