ゴリえもん

今日ものび太は半ベソをかいて帰ってきた。またジャイアンとスネ夫にいじめられたのだろう。

自室がある二階に駆け上がりながら、いつものように情けない声を出す。

「ぅうええぇぇ〜ん! ドラえもぉぉぉん」

するといつものようにおやつのドラ焼きを食べながらマンガでも読んでいるドラえもんが返事をしてくれるはず、だった。

しかし今日はドラえもんの返事はなく姿も見えなかった。代りに巨大で見るからに狂暴そうな容貌をした「ゴリラ」が、

のび太の部屋の中央にふてぶてしい格好でごろりと寝そべっていた。

のび太は「うわぁ!」と大声をあげて驚いた。「ゴリラ」は自分の姿を見て大声をあげた見るからに覇気の無さそうな少年を

片目だけ開けて一瞥すると、吐き捨てるように「けっ。まったく報告書通りだぜ」とぼそりとつぶやいた。

「・・・お、お、お前は誰だっ? ・・・ド、ドラえもんは?」

のび太は自分の部屋の半分以上を占領している得体の知れない存在に恐怖で身体を震えさせながらもかろうじて質問した。

「あぁ? 俺か? 俺は『ゴリえもん』だ。見ての通りの『ゴリラ型ロボット』だよ。今日からここで世話になるからよろしくな。

あー。ドラえもんなぁ、ヤツはもう『用済み』になったぜぇ」

態度がやたらと横柄なゴリえもんの説明によるとこうだった。

ご先祖様であるのび太のあまりのだらしなさを心配して未来の子孫が「監視用ロボット」として送りこんだドラえもんだったが、

のび太を甘やかすばかりで一向に人間的に成長させる気配がない事実に業を煮やして、「フレンドM−85ネコ型」である

ドラえもんの替わりに「スパルタF−102ゴリラ型」のゴリえもんを送ってきたのだという。

説明し終えるとゴリえもんは自分の厚い胸板に貼ってある四次元ポケットから高級そうな太い葉巻を取り出し一服し始めた。

「・・・そ、そんなぁ。じゃ、ドラえもんはどうなってるの?」

ガックリと肩を落としたのび太は、今朝まで一番の友達だった、そして今では「用済み」になっているというドラえもんの身を

案じて悲しみに満ちた声をもらした。

それを聞いたゴリえもんは口の端に意地悪そうな笑みを浮かべて

のび太のおでこをその太い指でゴツゴツとつつきながら言った。

「おいおい。他人の心配をしている場合か? お前なぁ、俺がここに送られた目的をしっかり把握してんのかよ?

はっきり言って、俺はやつと違ってすっげー厳しいからな。覚悟しとけよ!」

「うえぇ〜ん。ドラえも〜ん、助けて〜!」  

ゴリえもんの脅迫とも取れる言動に、思わずのび太はいつもの調子でドラえもんに助けを求めてしまった。

「うえぇ〜ん。ドラえも〜ん、助けて〜!」  

引き継ぎ用の報告書に書いてあった通りの依存的な性格ですぐに泣き言を言うのび太を目の当たりにしてゴリえもんは逆上した。

「やぐらしかぁ! くらっそ!(うるせぇ! 殴るぞ!)」

激昂(げっこう)するとなぜか九州弁が出てしまう「ゴリラ型ロボット」だった。しかも恐ろしく気が短く口より先に

手が出るタイプだったので、「くらっそ!」と言ったときはのび太はすでにビンタで張り倒された後だった。

のび太のかけていた眼鏡も割れて部屋の隅に飛ばされていた。ゴリえもんは見かけ通りの狂暴さだった。

「うぎゃっ! な、何するんだよぉっ。い、いきなりぃ」

「ほたえなやぁっ!(騒ぐなぁっ!)」

張られた左頬を押さえて抗議したのび太に黒い巨体はどこの方言かも分からない言葉で怒鳴ったかと思うと、

少年のひ弱な身体に加減なしのキックを見舞った。

のび太は再度ふっ飛んでいた。
 
「スパルタF−102ゴリラ型」に「ロボット三原則」は最初からプログラムされていなかったのである。

ゴリえもんは強烈な一撃で気絶しているのび太に軽く平手を当てて目を覚まさせると、割れて使い物にならなくなった

眼鏡をかけてやり、勉強机の椅子に強引に座らせて「じゃ、まぁ。とりあえず今日の宿題からやってもらいましょうかね?」と

有無を言わせぬ迫力の「猫撫で声」で命令した。

恐怖で怯えるのび太が泣く泣く宿題をしているその背後で、ゴリえもんは四次元ポケットからダンベルだのなわとびだのを

次々に取り出していた。

「おい! のび太。それが終ったら次はこれな」

ゴリえもんはそう言うと部屋の中央に山と積まれたトレーニング機器を指差した。

「ドラえもん・・・」

この突然現われた「暴君」に逆らえるはずもないのび太には、せめて聞こえないように小さくドラえもんの

名前をつぶやくことしかできなかった。

ゴリえもんはそんなのび太に追い討ちをかけるように容赦のない言葉を叩きつけた。

「あー、それとよぉ。お前が寝る場所だけどよ、今夜から押し入れな。しょーがねぇよな? 俺は狭くて入れねぇんだからよぉ」

のび太は今までドラえもんと過ごしたぬるま湯に浸かったような生活がすでに終っていることをあらためて思い知らされていた。

 

ゴリえもん2


突然現われたゴリえもんがのび太の「教育」を始めてから、すでに3ヶ月が過ぎようとしていた。

ゴリえもんが引き継ぎでこの野比家に来てからというものはドラえもんと過ごしていた「蜜のような生活」は一変し、

のび太にとって緊張の連続の毎日になっていた。

なにしろ一言でも泣き言をもらすとゴリえもんの情け容赦ない鉄拳が飛ぶのだ。

すでにのび太の眼鏡が3つ、その強烈な鉄拳の犠牲となっていた。

おかげでと言うべきか、ここ3ヶ月でのび太はずいぶんと忍耐強くなっていた。

それはゴリえもんの厳しい「教育」の成果とも言えた。

「よし。これでいいだろう。全問正解だ。宿題終らせるのもだんだん早くなってきたな、おい」

のび太の算数の宿題の答え合わせをしたゴリえもんがニヤリとして言うと、のび太は「えへへ」と照れ笑いして頭をかいた。

「じゃ、次はロードワークといくか。すぐに準備しろ」

誉めても決して甘やかしはしないゴリえもんだった。 

ゴリえもんは厚い胸板に貼ってある四次元ポケットから自動追尾監視メカ、その名も「ウの目タカの目くん」を取り出した。

そしてトレーニングウェアに着替えたのび太の頭上30センチにいつものようにセットした。

この「ウの目タカの目くん」はのび太に自動で追いていって監視するメカで、のび太が見たり聞いたりしたことの全てを遠隔地の

ゴリえもんがリアルタイムでモニタできるという優れものだった。

のび太の子孫からの任務を忠実に遂行するゴリえもんだったのだ。

「おい。毎度のコースだ。車にゃ充分気をつけていってこいよ」

柔軟運動を済ませたのび太は力強く「はい」と肯くと、勢いよく走り出した。

ランニングコースのちょうど中間に位置する地点に、町内の子供達が集まる例の空き地があった。

その空き地の片隅に積まれた三本の土管の上では、ジャイアンとスネ夫が何をするでもなく退屈そうに座っていた。

そこにのび太がちょうど空き地の前を通りかかった。するとのび太を目にしたジャイアンはいきなり罵声を浴びせた。

「おーいっ! のび太ぁ! まーた走ってんのかよぉ。どうせお前なんか何やったって無駄なんだよぉっ! のび太のくせに!」

「そうだそうだ! 最近ちょっとテストの点が良くなったからって調子に乗るんじゃないぞぉ、のび太のば〜か! けけけー!」

スネ夫がジャイアンに追従して言う。一人では何も言えないくせに、徒党を組むと途端に態度が大きくなるというどこにでもいる

最低な奴だった。

のび太は何か言い返してやりたかったが我慢して走り去った。下手にジャイアン達の相手をして決められた時間に

遅れでもしたらゴリえもんからまた張り倒されてしまう。のび太にとってはそちらの方がはるかに恐ろしいことだった。

「ウの目タカの目くん」から送られてくるデータを家の前で受信していたゴリえもんは何事かちょっと考えると、

四次元ポケットからどこでもドアを取り出した。

そして例の空き地を指定して、その巨大な体を精一杯縮めながらどこでもドアをくぐった。

驚いたのはジャイアン達である。突然2メートルはある黒い巨体の見るからに狂暴そうな顔つきのゴリえもんが

目の前に現れたのだから無理もなかった。

ゴリえもんは無言でジャイアンの胸ぐらを片手でつかむと、体重などまるで感じないとでも言わんばかりに軽々と持ち上げた。

ジャイアンは宙に浮いた足をバタバタさせながら「な、何するんだよぉ!」と叫ぶのが精一杯だった。

恐怖で表情が歪んでいるジャイアンに向ってゴリえもんがおもむろに口を開いた。

その穏やかな口調がなおさらにジャイアンとスネ夫の恐怖をあおった。

「いいか。お前らがのび太をイジメようが何を言おうが俺はかまわん。のび太は今努力している。仕方なくだがな。だが、努力は

決して無駄にはならん。真面目に努力する人間をあざ笑いたければ笑うがいい。『どうせ』とか『のび太なんか』と思うのも

お前らの勝手だ。だが一つだけ覚えとけよ。いつか必ずのび太はお前らが束になっても敵わん男になる。

何事にでもな。そのときになって吠え面かくなよ。いいな、これだけは覚えとけ。…以上だ」

そう言い終わるとゴリえもんはジャイアンを土管の上に静かに降ろし、またどこでもドアを窮屈そうにくぐりながら帰っていった。

残されたジャイアンとスネ夫は突然の出来事に何も言葉が見つからず、蒼白となったお互いの顔をただ見合わせているだけだった。

「お? 今日はいつもより1分も早いじゃないか。だいぶ体力もついてきたようだな、のび太」

肩で大きく息をしているのび太にゴリえもんは穏やかに話しかけた。ゴリえもんとジャイアン達の間に

何かあったことなどのび太は当然知らなかった。

「よし。ごほうびに今日から腕立て伏せと腹筋の回数、20回づつ増やしてやるぞ」

「えぇ? 20回もですかぁ? それに増やしちゃごほうびなんかじゃない…」

「あぁ? なんか文句でもあんのか? くぉら!」

口答えするのび太にゴリえもんは目を剥いて威嚇した。

「いえ、何でもありません…」

のび太のためにと思って子孫が送り込んだ教育ロボット「スパルタF−102ゴリラ型」の愛情表現は、

果てしなく「体育会系」のノリであった。