立教女学院中学校・高等学校


マーガレット祭 2004年11月3日

JR西荻窪駅から立教女学院行きのバスに乗ると、小学生の女の子の親子連れの方たち数組が乗ってらっしゃいました。わたしと同じくマーガレット祭に行く方たちのようです。数分間バスに揺られ、女学院前でおりると、ほんとにきょうが学園祭?と思えるほど、外からはひっそりして見えます。後でわかったことですが、中庭はものすごく人が多くてにぎやかなのに、敷地が広い上、回りをぐるりと校舎が取り囲んでいるために人の話し声などが外にはもれてこないのでした。

校門を抜けて受け付けでチケットを差し出すと、受け付けの生徒がパンフレットを渡してくれました。そしてそのとなりに待機していた生徒が「靴袋はお持ちですか」と声をかけて、靴を入れるための袋を手渡してくれました。学校説明会の時とちがって、校舎内は土足禁止のようです。

校舎の入り口が比較的せまいため、入り口と出口は完全に分けられていました。つぎつぎと入場してくるお客さまのために、数名の生徒たちが声をからして「スリッパにおはきかえください」とご案内しながら、いそがしくスリッパを用意してくれています。出口のほうでも5〜6名の生徒がスリッパをしまう係をしており、たいへんだなあ・・・と、ちょっと同情したくなってしまうほどです。

立教女学院の風格ある高校校舎がわたしは大好きです^.^ 学園祭のため、きょうはあちこちに紙で作った色とりどりのお花や紙テープが飾られていて、説明会の時とはちがった華やかさがあります。ああ、この古い校舎は、今まで何十回こうして飾られ、マーガレット祭を見守ってきたのだろう・・・などと思いをはせてしまいます。

学園祭を訪問するたびの楽しみは、演劇部の発表を見ることです。しばらく高校の校舎に見とれながらあちこち歩いたのち、パンフレットをめくってみると、高校の演劇部の発表が10時半から11時半となっています。現在まだ10時ちょっとすぎですから、急いで行けばまだ半分以上は見れるはず。

ここでわたしは、とんでもない勘違いをしてしまいました(/_;) 発表の行なわれている講堂を、聖マリア礼拝堂ととりちがえてしまったのです。聖マリア礼拝堂に向かうため急ぎ足で中学の校舎に移動し、ガラス越しに見える中庭の人の多さに驚いていると、礼拝堂の前に長蛇の列ができていることに気がつきました(@@)

列は軽く数百人は並んでいそうです。これは入れそうにない・・・と思って、とぼとぼと引き返しました。講堂と聖マリア礼拝堂が別な場所だと気付いたのはずいぶん後になってからで、もう演劇部の発表はとっくに終わってしまっていました(/_;) 以前、立教池袋の学園祭に行った時、同時に立教大学の学園祭も行なわれていましたから、いま考えると聖マリア礼拝堂の行列は、短大の学園祭のイベントのものだったのかもしれません。

演劇部をあきらめて、こんどは聖マーガレット礼拝堂で行なわれている高校聖歌隊の発表に行ってみることにしました。説明会で聖マーガレット礼拝堂に行く時は、いつも背中がぴりぴりするような独特の感覚を覚えるのですが、さすがにきょうは大勢のお客さまがいるので、ごく普通に入って行くことができました。

礼拝堂の座席はお客さまでかなり埋まっており、保護者対象説明会で使われていたのと同じ折り畳み式のいすまで用意されていました。古い礼拝堂なので音響効果とかはあまり配慮して作られていないのではないかと思うのですが、伴奏のパイプオルガンのフ〜ッという重低音がすばらしいです。うーん、やっぱりパイプオルガンはいいですね^.^ 聖歌隊の歌声もとてもよくそろっていて、いい合唱でした^.^

学園祭の宿命で一曲ごとにお客さまの入れ替わりが激しいのですが、手持ち無沙汰そうなお父さまであるとか、仲むつまじそうな老夫婦であるとか、卒業生らしき女性のグループなどのかたがたががずっと聞いてらっしゃったのが印象的でした。

聖歌隊の発表が終わってから、校舎の展示物をあちこち見て回ってみました。生徒の様子も観察してみると、ほぼ全員がチェックのスカートで、あいかわらず私服の学校という感じがしません。スカートがかなり短い子が多いですが、もともと私服で制服を改造しているわけではないですし、足元は紺のハイソックスで茶髪の生徒もいませんでしたから、不潔な感じとか下品な感じはまったくありませんでした^.^

校内はものすごく大勢のお客さまで賑わっていますが、特に目につくのは小学生の女の子の数がとても多いことです。小さい子も多く、どう見ても3年生か4年生ぐらいの子が何人かで連れだって歩いています。うーむ、「低学年のうちから学園祭を訪問する熱心なファンが多い」とエッセイに書かなければ・・・などと思ったのですが、はっと気付いたことがありました。そういえば、立教女学院には小学校もあるのでした(=^^=) 白百合や光塩のように小学生も制服を着ていれば一目瞭然なのですが、私服なのでしばらく気付きませんでした(=^^=)

注意してよくよく観察してみれば、受験生の見学者はご両親といっしょで、服装はよそ行きのお洋服を着てきっちりおめかししているか、ジーパンにトレーナーという普段着かの両極端です。数名の児童でかたまって見学しているのが内部生のようです。中には、白セーターにグレーのチェックのミニスカートという、ミニミニ立教女学院生そのままというかっこうの子もいてかわいらしいです^.^

中庭にはステージが設けられ、カラオケのコンテストが行なわれていてとてもにぎやかです。マリオンクレープやモスバーガーの出店まであります(@@) まさに学園祭そのものという感じです^.^ クロスのかけられたテーブルがたくさんしつらえてありますが、「お客さま専用」と書かれていて、生徒の使用が禁止となっているのは、お客さまに対する心遣いがあらわれていていい感じです。

他校の男子の生徒も大勢来ていましたが、ナンパしている姿は見かけませんでした。なお、男子校の立教池袋の学園祭とは日程が同じですから、立教池袋の生徒は来ていないはずです。

やがて12時になったので、こんどこそちゃんと講堂に行って、中学器楽部の発表を聴いてきました。ステージがせまいので部員たちは窮屈そうでしたが、なかなかの演奏でした^.^ 特に2曲目のディズニー音楽のメドレーがすばらしかったと思います^.^

そのあとの中学舞台劇部や中高ハンドベルクワイヤーの発表にも後ろ髪を引かれる思いがしたのですが、かなり疲れていたので器楽部の演奏を聴いたのを最後に帰ってきてしまいました(^^;; もしまた訪問するチャンスがあったら、こんどは高校演劇部やダンス部の発表もゆっくり見てみたいです。

全体的な印象としてはお祭りムードであるものの、生徒たちが歩きながらものを食べていたりとか、大またを開いて座っているなどの見苦しい姿はついぞ見かけませんでした。しつけのしっかりしたご家庭の子が多いという印象です^.^ 各教室の呼び込みは声が大きく、活発な印象もありました。説明会で抱いていたイメージがほとんど狂わされることのない学園祭であったと思います^.^

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塾対象説明会 2004年5月31日

きょうは最高気温が30度を超えるという、真夏なみの陽気となりました。警備員さんのいらっしゃる正門を抜け、校舎をぐるっと回って説明会場に向かいます。の多い広い敷地を歩いていると、ああ、まさに「学園」そのものという感じだなあ・・・と思います。

授業時間中なのか、校舎からも話し声などはまったく聞こえません。何人かの用務員さんたちが清掃してらっしゃる、竹ぼうきのじゃっ、じゃっという音がする以外、静粛そのものです。グラウンドで小学生とおぼしき生徒たちが体育の授業を行っていましたが、なにしろ敷地が広いので声も届かず、のどかで平和な光景です。

説明会場は、昨年と同様、会議室のようなところで、広い机があるのがメモを取りやすくてありがたいです。はじめに、教頭先生より開会のご挨拶があり、つづいてチャプレン(学校付き牧師さま)による祈祷がおこなわれました。

次に再び教頭先生より、今年度から校長先生が替わられたことについてのご説明がありました。前任の杉山校長先生は司祭さまで、立教女学院に20年間勤められました。ですが、司教さまのご命令により、本年度から大阪の同じ聖公会の学校、プール学園に移動なさったそうでした。

保護者のかたたちは「校長が替わると学校が変わるのではないか、と不安をお持ちかも知れませんが、杞憂です」というご説明がありました。新校長先生となられても、学校の方針に大きな変化はないようです。

つづいて、いよいよ平塚新校長先生からのお話がありました。平塚校長先生は、とても温厚そうな方です。横浜で長くキリスト教の学校に勤めてらっしゃったそうです。わたしは神奈川の学校のことはぜんぜんわからないので校名はわからないのですが、男子校から戦後共学となった学校で、どちらかというと男子中心の学校だったそうです。

立教女学院とは校風、建学の精神がかなりちがうリベラルな学校だったので、立教女学院に赴任なさっての2か月で、「カルチャーショック」を受けられたそうです。以下、いわば外の目からごらんになった立教女学院の印象のお話が続きましたが、とてもおもしろく、興味深いものでした。

印象深く感じた点の第一は、「同じキリスト教といっても、立教女学院は比較的『形』を大事にする」ということだったそうでした。これは「形式主義」ということとはちがいますが、形を大事にする聖公会の伝統が色濃く感じられたそうです。(3年前の初の塾対象説明会で、塾の先生方に起立させて聖歌を歌わせたというエピソードは、まさに面目躍如というところだったでしょうか(笑))

具体的には、さまざまな行事で学校付きのチャプレンが儀式にのっとって礼拝していくのは「他のプロテスタントの学校には見られない特徴だろう」とのことでした。

ここで少し話がそれますが、校長先生のお口より「プロテスタント」というお言葉が出てきたことに、わたしはぴくっと反応しました。というのも、このホームページで立教女学院のコーナーを作って以来、何名もの方から「聖公会はプロテスタントに入らないのではないか」というご意見をいただいていたからです(^^;;

あまりにひんぱんにそのご意見をいただくので、「キリスト教にくわしい方以外の一般の方は、神父さまがいらっしゃるのがカトリックで、牧師さまがいらっしゃるのがプロテスタント。また、シスターがいらっしゃるのがカトリックで、いらっしゃらないのがプロテスタント、という程度のご認識かと思います。ですので、一般の学校案内本などと同様に、プロテスタントと紹介させていただいています」という定型文を作ってあるほどです(^^;;

校長先生が「プロテスタントの学校」とおっしゃった中に立教女学院が含まれるのかどうか定かではありませんが、少なくとも対外的には立教女学院はプロテスタントの学校ということで通してらっしゃるのではないかなあ・・・と思いました(^^;;

さて、話を戻しますと、そのほか聖歌を歌う際、聖歌隊がまず歌いはじめ、それからみんなが声をそろえること。つまり聖歌隊が中心となっていることや、お祈りの際にひざまずくことも立教女学院の特徴であるとお感じになったそうです。ふつう「プロテスタントではひざまずく習慣はない」そうです。

校長先生はそうした事柄に当初戸惑いを感じられたそうですが、だんだん、毎朝、礼拝堂でひざまずいてお祈りするなどの「そういう姿勢が必要なのではないか」とお考えになられてきたとのことでした。

また、イースターの翌日に中2の生徒からお手紙をもらったそうですが、とてもうれしい驚きでらっしゃったようです。こうしたイースターでの行事は、以前はどこのキリスト教の学校でもおこなわれていたそうですが、「絶えて久しかったのでうれしかった」とのことでした^.^

生徒の自主性についても強く印象に残られたようです。生徒がすべての学校のプログラムの中心となって、自発的に進めていきます。たとえば中3の修学旅行ではリーダーを中心として生徒がすべての運営をこなし、旅館の方へのご挨拶から非常口の点検まで生徒が行っているそうです。

こういったことは、「どこでも共通」かもしれませんが、「特に印象的に思いました」とのことでした。生徒たちは「男子にも劣らない活発さ」で、「おしとやかに思っていたが、おてんばで、むしろ男子をしのぐ活力」を感じられたそうです^.^

これらの校長先生のお話は、立教女学院という学校の姿が本当によくわかり、特色がよくあらわされていると思いました^.^

つづいて、本校のARE学習、立教大学の推薦などについてのご説明がありました。立教大へは、一定の条件を満たせば校長推薦で進学できるようになります。「ある意味全入」となるわけですが、進路指導の方針は今までと変わらず、一人一人の希望を大事にしながら「立教大との太いパイプを大事にしたい」とお考えだそうでした。

次に国際交流委員長の先生から立教女学院の国際交流についてご説明がありました。それから各科目の先生より、2004年度の問題解説と、2005年度の出題傾向のご説明がありました。

はじめに補欠合格のご説明があったのですが、2004年度は「一名もお声かけができませんでした」とのことでした。補欠合格はゼロであったようです(@@) サンデーショックの年でありましたが、全合格者128名のうち、113名もが入学手続をしたそうです。

その後8名の辞退者があったものの、小学校からの持ち上がりをふくめ、195名の5クラス体制での出発となりました。5クラスとなったことで、38名という少人数のクラスもできたそうです。

サンデーショックの年ですので、30人くらいは辞退者が出るかと予想されていたそうですが、意外な結果で、「5年前の(サンデーショックの)データも役に立たなかった」そうでした。それだけ、立教女学院第一志望の割合が多くなってきているのでしょうね^.^

ちなみに、ここ3年の応募者数と偏差値を見てみますと・・・。

応募者数 対前年比 四谷偏差値
2002年 197名 78% 52
2003年 296名 150% 56
2004年 504名 170% 57

サンデーショックという特殊要因があるとはいえ、2月2日に青山学院、並みいるカトリック校、豊島岡女子学園と激突してのこの結果です。人気がますます上昇しつつあるのはまちがいないようです。

2005年の出題については、各教科とも例年と同じ傾向になるようです。特に注意すべきは、国語で5行の記述式問題が2問あり、配点も高いので、記述の訓練を十分に行っておくことだと思います。

次に進路指導担当の先生より、進路についてのご説明がありました。「伝統的に立教女学院は、『あれもこれもあり』が特徴」だそうで、他大学進学実績についても多少触れられました。資料を見てみますと、2003年度(2004年卒業)の卒業生は、東大、秋田大医学部、群馬大医学部、筑波大医学部、東京医科歯科大医学部など国公立20名合格。私大も慶應大21名、早稲田大24名などの堂々たる実績です。

今回の説明会ではこうした数値は資料を配られただけでいっさい言及されませんでしたが、立教大に79名進学した生徒を除いてこの実績ですから、PRしないのがもったいないほどだとおもいました(^^;;

ただ、ことしの高3からは、立教大学への推薦の人数枠がなくなりますから、今後これらの他大学合格実績がどう変化していくかはまだわかりません。

なお、資料には2004年度高校卒業生(2005年卒業予定)から適用される、立教大学進学の要件も記載されていました。卒業要件の充足。卒業論文を提出し、認定されること。英語についての一定の能力(英検2級程度)などのほか、「立教大学各学部への進学の意志および意欲があること」とされています。すなわち、立教大への推薦を受ける場合、他大学との併願はできないということだとご説明がありました。

説明会が終わって、待望の校舎見学がありました^.^ 高校の校舎や聖マーガレット礼拝堂を見せていただくのが、すっかりわたしの楽しみになっています^.^ 塾対象説明会ということで見学者の人数が少ないですから、5名前後のグループ制の見学でした。じっくり時間をかけて、ものすごくていねいに案内していただいたので、とてもうれしかったです^.^

残念ながら授業の様子はじっくり見ることができませんでしたが、生徒たちを見て印象的だったのは、服装が2年前の説明会で見た時とちがって、ばらばらであったこと・・・。季節の問題かもしれませんが、ほとんど全員が似たような服装をしているという印象は、今回はいだきませんでした。

ただ、紺のハイソックスがはやっていることはたしかなようです^.^ 立教女学院はスペースがゆったりしており、あちこちに自習できる場所があります。それらの場所で、選択授業が多いため空き時間のできる高3の生徒が自習している姿を大勢見かけました。高3ともなると、大学生とほとんどかわらないような服装の生徒がけっこういました。でも、すぐに高校生とわかるのは、大人っぽいお洋服でも紺のハイソックスをはいていることによってででした^.^

説明会が終わっての感想は、わたしが今まで参加したことのある塾対象説明会では、好感度では跡見学園と一二を争う感じだったなあ・・・というものでした^.^ 先生がたが、みなさんとてもていねいで謙虚でらっしゃったのが印象的でした。

もともと、すばらしい校舎を持ち、立教大学への推薦もあるのですから、一時期低迷していたことがうそのような感じです。やはり、オープンな姿勢となり、情報を発信していくようになったことが、この学校の人気復活に大きな影響を与えたのではないかなあと思います。これからも、高い人気を保ち続ける学校なのではないかな・・・と思いました^.^

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塾対象説明会 2003年5月30日

昨年訪問した学校説明会はあいにくどんよりと曇って、帰りには雨が降り出すほどのお天気でしたが、今年の塾対象説明会はすばらしい好天に恵まれました。

バス停からすぐの正門を抜けると、昨年は冬枯れしていた芝生が鮮やかな緑色になっています。ところどころにシロツメクサが可憐な花を咲かせています。

保護者対象説明会は校門を入って左に進み、中学校の校舎の授業見学へと進みましたが、塾対象説明会は右手に進むようにとの看板がありました。高校の風格ある校舎のまわりをぐるっと回っていくと、暑いほどの陽気のためか、ところどころはね上げ式の窓が開かれています。

去年の校舎見学コースではグラウンドを見ることができなかったので、もしかしてないのかな?などと思っていたのですが、歩いていくと、女子校としてはとても広いりっぱな土のグラウンドがありました^.^ ちょうど体育の授業が行われており、生徒たちが元気に声を上げてバレーボールをしています。初夏の学校らしい、さわやかな光景です^.^

看板の矢印にしたがって進んでいくと、どうやら説明会は新築の建物の2階の大会議室でおこなわれるようでした。あれっ、聖マーガレット礼拝堂ではないの?と、ちょっとがっかりします。去年の本校初の塾対象説明会は、お電話したのが遅すぎて残念なことに参加できなかったのですが、たしか聖マーガレット礼拝堂で行われたはず・・・。

なぜ会場が変更になったかは、説明会が始まってすぐに司会の先生からご説明がありました。去年は礼拝堂で説明会を行ったうえ、聖歌の合唱を行ったそうなのですが、これがひどく塾の先生方から不評だったからだそうでした(笑)

たしかに、塾の先生方が起立させられて、「いーつくしみふかーきー、とーもなるイェスは〜」などと合唱させられているシーンは、想像しただけで思わず吹き出しそうになってしまいましたから、聖歌はおやめになって正解だと思います(笑)

そのかわり、「本校の学校行事はすべて礼拝で始まる」というポリシーにのっとり、学校付き牧師さまによる聖書の朗読が行われたのち、校長先生のお話が始まりました。

さて、立教女学院の説明会には、わたしはとても張り切って出かけてきました。というのは、このホームページについている「アクセス解析」というのを見ると、この立教女学院のエッセイの閲覧数がずば抜けて多かったからです。

ここをごらんになった方が「トップページに戻る」というのをクリックしてくださるとカウントされるのですが、昨年の掲載当初で1日当り50〜70。その後、新年度のエッセイが始まるまで、ずっとほとんど毎日10〜20以上の閲覧がありました。実際にはブラウザのバックボタンでトップページに戻ってらっしゃる方もいらっしゃると思うので、これよりもだいぶ多いはずです。

ですから、読んでくださったかたの数はたぶん千名を軽く越えているはず。そんなわけで、立教女学院はやはり人気があるんだなあ・・・と実感すると同時に、がんばって情報をゲットしてこなければ・・・と思ったわけです。

立教女学院については知りたい情報が山ほどあります。まず一番目は、来年の2月1日が日曜日であるため、本校は試験日を2日に移動します。いわゆる「ミッション・ショック」ですが、そのことの影響を、学校としてはどう予想してらっしゃるのか。

また、2002年度は応募者激減で偏差値がおどろくほど下がってしまいました。そのため、いろいろと手を打たれたはずなのですが、その結果2003年度入試の状況はどうなったのか。

さらに、立教大学への推薦の人数枠が撤廃されたわけですが、何人ぐらいが希望して、そのうち何人が推薦されたのか。また、推薦の成績の基準はどれぐらいになったのか、などなど・・・。

ところが、結論を先に申しますと、それらの入試情報系のお話はいっさいありませんでした(/_;) 配付された資料にも、入試の科目ごとの平均点の資料はありましたが、応募状況などについてのものはありません(/_;)

しかたないですから、応募状況がどうなっているかだけでもさぐるべく、首都圏模試センターと四谷大塚の資料から数字を拾ってみました。

応募者数 対前年比 四谷偏差値
2001年 254名 111% 55
2002年 197名 78% 52
2003年 296名 150% 56

なんと、対前年で50パーセントも応募者数が増えています(@@) 偏差値のほうも急上昇で、2年前の水準を超えています^.^ どうやら、人気復活はまちがいないようです^.^

さて、校長先生のお話は、「井の中の蛙」という言葉までお使いになって、昨年の塾対象説明会で塾の先生から寄せられた意見に対する感謝のおことばからはじまりました。どうも、昨年の説明会のあと、そうとう手厳しくというか、こてんぱんに批評されたような感じでした(^^; うーん、かえすがえすも昨年参加できなかったのが残念です(^^;

「私たち人間は、自分の経験を越えて生きていくことはできない。『これが私たちの学校で大事なんだ』ということが、社会の中でどれだけの位置づけを持つのか、学校というのは特にわかりづらい」

こうした校長先生の謙虚なお言葉をお聞きしていると、人気急回復ぶりも十分納得できる事だと思いました^.^ なにしろ、昨年の急落ぶりと今年の急上昇ぶりは、とても「隔年現象」などというものでは説明しきれないほどのものでしたから・・・。こうした謙虚なご姿勢で公報に力を入れるなどの行動を取られたことが、実を結んだのではないかという気がします。

つづいて、本校の特色である毎朝の礼拝のご説明のあと、「私どもの学校では、キャンプというものを非常に大事にしております」とのことで、キャンプについてのお話がありました。

本校のキャンプは、単に飯ごう炊さんなどをするだけでなく、いじめや、人間関係をうまく築けない子どもとどうつきあうのかなどの話し合いもされているそうです。また、宗教的なものと同時に、家族関係を考えるキャンプともなされているようです。

次に土曜集会についてのご説明がありました。この行事は、本校の行事の中では新しいもので、まだ21年の歴史しかないそうです。

本校は創立以来週5日制をとっていますが、1980年代の初めまで、日曜日は登校日となっていたそうです。そして、家の近くにいつも行く教会のない子どもたちが礼拝をしていたそうです。ところが、80年代、大きな社会の流れの中で、このことが成り立たなくなってきました。そこで行われるようになったのが土曜集会で、年10〜12回実施されているそうです。

中学校では「隣人を大切にして平和な社会を作ろう」、高校では「広く社会(世界)に目を向け豊かな人間性を養おう」というテーマが定められており、21年間、この大テーマをもとにさまざまなプログラムが組まれてきました。

昨年は、さまざまな宗教を研究することを目的に、なんとお坊さんを礼拝堂にお招きして講演していただいたそうでした(@@)

また、本校はボランティアについてもたいへん古い歴史を持っています。そもそもは、1891年(明治24年)の濃尾大地震の際、親を失った孤児たちを助けるために始められたそうです。それ以降、奉仕活動は連綿と続けられています。

関東大震災の時には、本校もたいへんな被害を受け、崩壊してしまったそうです。ところが、それを救ってくれたのがアメリカの貧しいお年寄りたちだったそうです。家財道具を処分するなどして寄付されたお金のおかげで、本校は震災から立ち直ることができました。

「私たちの学校は、そのことを忘れておりません」とのことで、フィリピンの学校で火災が起きたときなどに寄付を行ったそうでした。

阪神大震災の時も、高3の生徒たちがボランティアに行きたがったそうでした。学校としては当初それに反対しましたが、生徒たちの熱意に負け、まず校長先生が神戸に行かれて状況を見てこられたのち、数十人がボランティア活動のためにおもむいたそうでした。

校長先生のお話に続き、各教科の先生より入試問題についてのご説明がありました。昨年、「入試問題の配付もせずに解説だけされてもわからない」という批判があったそうで、きれいに4色の紙に刷り分けられた4教科分の過去問が配付されました^.^

国語については、論理的な読解力や心情理解などを重視しており、説明させる問題、心情の読み取りは「必ず出します」とのことでした。また、いわゆる言葉の問題で、四字熟語などもなるべく取り入れていきたいとのことでした。

算数は、「今年度より、いっそう基本的な出題を心がけた」とのことで、受験者の平均点もかなりよくなったようです。小学校で習わない「場合の数」なども出題しましたが、習っていなくても「考えれば解ける範囲で出題する」そうです。2004年度も「今年度と同じ傾向にする」そうです。なお、2004年の入試でも部分点はつけないそうです。

社会は、「基礎基本を重視」という方針です。地名、歴史上の人物については、教育漢字でなくても、漢字で書けなければなりません。新カリキュラムに対応して作成されるそうで、「少なくとも2004年には、教科書にないものは出さない」そうです。2003年度は問題が易しく、平均点も高くなったようですが、「揺り戻しで急に次年度が難化することはない」そうです。

理科は、2003年度は問題がむずかしすぎたようで、ずいぶん平均点が低くなってしまったそうです(^^; 「必要な知識は小学校の教科書」であるとの考えから、教科書の範囲のものを組み合わせるなどして作っていくそうです。なお、教科書にない知識については、問題文に解説を入れるような配慮が取られるようです。

1時間半近い説明会が終わり、続いて待望の校舎見学がありました^.^ 数名ずつの少人数でのグループ式の見学でした。さすが人気校だけあって、塾の先生方も半分ぐらいが見学に参加されている感じでした。

順路は、まず高校の校舎からでした。昨年は雨が降る直前の、どんよりと暗い中での見学でしたから、重厚な雰囲気たっぷりでしたが、ことしは窓から陽光が差し込んでいますし、生徒もいるので、ずいぶん感じがちがいました。

高校の生徒たちは初めて見たのですが、左側通行のルールが徹底されているのか、きちんと壁にそって歩いて、見学者たちに道を譲ってくれます^.^ そして、どの子も笑顔で「こんにちはー!」とごあいさつしてくれます^.^ すばらしくさわやかで明るい感じです^.^

服装も、スカートこそ短いものの、みんな白、紺、グレーなどの落ち着いた色合いの服を着ていて、原色系のお洋服は見当たりません。なんだか、私服の学校という感じがぜんぜんしませんでした。

重厚な高校校舎から中学の校舎に足を踏み入れると、同じ学校とは信じられないほど採光もよく、明るい雰囲気です。中2はややにぎやかで授業態度もすこし問題のあるクラスもあり、見学者をにらみつけるような子もいました(^^; でも、中1はつい2か月前まで小学生だったわけで、幼い感じでとてもかわいらしかったです^.^ 授業態度も真剣そのものでした^.^

また、中1も白のポロシャツに紺または白のベスト、グレーのチェックのスカートと、小さい体でお姉さんたちをまねした服装をしていたのが、なんだかミニチュアっぽくて、とってもほほ笑ましかったです^.^

見学順路はふたたび高校校舎に戻り、風格ある講堂や聖マーガレット礼拝堂も見ることができました^.^ 中学の校舎とはまさに別世界のようで、そこにいるだけで体が引きしまるような気がします。どことなく神々しい空気を肌で感じることができました。

残念ながらパイプオルガンの演奏はなかったです。聖マーガレット礼拝堂に関しては、去年のような曇天のほうが、雰囲気があってよかったなあ・・・と思います。

説明会が終わっての感想ですが、学校自体の姿勢としては、なんとなく世間知らずの箱入りお嬢さまが、懸命に外の世界に目を向けようとしているような印象を抱きました。去年の説明会ではプリントしか配られませんでしたが、ことしはりっぱなカラー刷りのパンフレットも配付されましたし、公報にもますます本腰を入れられるのかな、という感じがします。

また、このエッセイになんどか「さわやか」という言葉を使っていますが、高校の生徒たちはまさに初夏に吹き抜ける涼風のようで、とてもさわやかで印象が良かったです^.^ さわやかな学校、という言葉がふさわしいように思います^.^

公報にも力を入れられ、これからますます人気回復が進むのではないでしょうか。しかしながら、人気回復のきざしが見えた矢先に、あいにくなことに来年は「ミッションショック」の年に当たってしまいました(^^;

青山学院のほか、白百合、光塩などの有力カトリック校との激突になります。この戦いに、ぜひとも善戦していただきたいものだなあ・・・と願わずにはいられない学校でした。

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学校説明会 2002年12月7日

JR西荻窪駅前の交番でお巡りさんにバス停を教えていただいたので、迷うことなく立教女学院行きのバスに乗ることができました。10分ちょっとバスに揺られて下車すると、すぐ近くに立教女学院の立派な校舎が見えていました。

正門を抜けると、大きな円形の芝生が冬枯れしており、その後ろの校舎はまるで外国の建物のようです。ところどころに置かれた案内板に従って、中学校舎までかなりの道のりを歩きます。校地のあまりの広さに絶句してしまいます。あちこちに建つ建物を見ていると、なんだかほんとに外国の街にまぎれこんだような気がしてきました。

これは、この校舎に来たら、みんな入りたくなっちゃうだろうなあ・・・と思います。ところがふしぎなことに、立教女学院の偏差値はここ数年間下がっています。四谷大塚で見てみますと、1996年には59あったのに、2002年の結果偏差値ではなんと52まで低下しています(@@)

数年前、小3から4年間教えたので思い出深い生徒が、この学校を受験して進学しました。この子が小3のとき、急な入会希望者があったか何かで、数十分自習させないといけなかったことがありました。

あわててプリントを渡して、解いているように言い、面談が終わって教室に戻ってから気がついたのですが、なんとわたしのミスで、5年生用の「差集め算」のプリントを渡してしまっていたのでした(@@) 差集め算というと、6年生になってもまだ苦手だという子がいる単元です(^^;;

ところが驚いたことに、基本的な問題とはいえ、その子はまだまったく習ったことのない差集め算を4問解いており、しかもその4問とも正解でした(@@) なんて賢い子なんだろう・・・とびっくりしたものです。

また、この子が6年生になったとき、中学受験しなかったお姉さんが中3で、姉妹のダブル受験ということになりました。(ちなみに、この姉妹にかぎらず、上の子が中学受験せずに公立中に進学し、下の子は中学受験するというパターンはたいへん多いです^^;;)

あるときそのお姉さんが、「わたしが12時ごろ寝ようと思うと、妹はまだ起きていて、ずっと勉強してる」と、あきれたように言ったことがあるのを覚えています。これほど優秀な子が、寝る時間も惜しんでお勉強してやっと合格する学校・・・。長いこと立教女学院に対して、わたしはそういうイメージを持っていました。

そんな学校の偏差値がなぜ下がっているのか・・・。きょうは、できればその理由を解明してみたいと思って、ちょっぴり意気込んで出かけていきました。

中学の校舎にたどり着くと、まだ12時半だというのに、ろうかのガラス越しに大勢の見学者のかたが歩き回ってらっしゃるのが見えました。ええっ??説明会は1時開始のはずなのに、なにか行事があるのかな??と、あせって校舎の中に入りました。

後で資料をよく見てわかったことですが、説明会そのものは2時開始で、1時からは公開授業が予定されていたのでした(^^;; 下調べ不足ではずかしいかぎりです(=^^=) 先入観がないほうがエッセイを書くにはいいだろう・・・と思って、あえていろいろな情報は見ずに来たのでした(=^^=)

校舎に入ってすぐのホールに丸テーブルがおかれており、生徒氏名や住所を書く紙とえんぴつが置かれています。特に案内はなかったのですが、たぶんこれを書いて提出することになっているのだろうと思い、志望している生徒の名前を書いて受付でお渡ししました。すると、すてきなクリアファイルに入れられた資料をいただきました。

大勢のかたがもう見学なさっています。早く見学しなくっちゃ・・・と気があせっていたので、ファイルに入れられた資料をじっくり見たのは、授業見学のあとで講堂の座席についてからでした。資料の中にカラー刷りのパンフレットはなく、入っていたのはプリント類だけでした(@@) プリントだけというのは桜蔭だけだろうと思っていましたので、ちょっとびっくりしました(@@)

さて、校舎の中をいろいろ歩き回ってみると、中学校の校舎はまだ新しく、どこもきれいでした^.^ ユニークだなと思ったのは、ろうかの壁や天井がクリーム色だけでなく、緑色やオレンジ色や黄色に塗られている場所があり、とってもカラフルだったことです。

ろうかはわりと幅広く、あちこちにベンチが置かれています。また、全面ガラス張りで、中庭や講堂などをよく見ることができます。教室の中も、机はちょっと高級感?があり、外国の映画の教室で見るような、天板がぱかっと上に開くタイプのものでした。また、教室の後ろにあるロッカーもカラフルで、とってもおしゃれな感じです^.^

ぐるぐる歩き回っているうちにチャイムが鳴り、公開授業が始まりました。きょうは中1のみ授業があり、見学者のために教室のスペースを取るため、1クラスを2分割しておこなわれるそうでした。

まずは数学を見てみたかったんですけど、同じ考えのかたが多いのか、あっというまに見学者で超満員になってしまいました。のぞき見ることもできません(^^;; しかたないですから、英語、国語、理科などの教室を見て回りました。

立教女学院は私服の学校ですが、話に聞いていたとおり、ほぼ全員がチェックのスカートをはいていました。上も白ブラウスに紺かグレーのセーターがほとんどです。中にはオレンジとかピンクのパーカーやセーターを着ている子もいましたが、ごく少数派です。全体に地味なので、なんだか私服の学校という感じがしません。同じ私服でも、恵泉女学園とはずいぶん感じがちがうなあ・・・と思いました。

教室の中は生徒の数よりも見学者の数の方が多いような状態ですが、生徒たちは慣れているのか、後ろをふり返って見学者の方を見たりする子はいませんでした。

じっくりと授業を見ることのできる学校説明会というのはあまりないので、授業の流れなどをよく見ることができたのはうれしかったです。あらためて、家庭教師や塾の授業と学校の授業のいちばん大きな差は、板書量であるなあ・・・などと思ったりしました。

わたしのところは、家庭教師と言ってもいまは訪問授業は一切しておらず、すべてわたしの部屋で授業をしているので、事実上塾と同じような形態です(^^;; 教室が二つあり、それぞれ横幅180センチと120センチのホワイトボードが置いてあります。

小6の算数ですと、180センチのホワイトボードに線を引いて3分割して、縦横5センチぐらいの小さい字でびっしりと書いていきます。大問1問の解説でそのボードすべてが埋まってしまうこともめずらしくないです(^^;; 2時間の授業で、ボードの端から端まで書いてノートを取らせ、消してまた端から端まで書く・・・というのを3〜5回ぐらいくり返します。わたしの通っていた塾の先生たちもだいたいそんな感じでしたから、塾の授業というのは板書中心で、ノートに記録を残させる、ということに重点が置かれているような気がします。

それに対し、学校の授業は口頭での説明が中心で、耳で理解させるということに重点が置かれているように感じました。もちろんどちらのほうがすぐれているということはないと思いますが、立教女学院の先生がたはどの教室でもあまり板書をなさらないんだなあ・・・というのが強く印象に残ったことでした。

しばらく熱中してあちこちの教室の見学をしているうちに、ふと気付くと見学者の数が急に少なくなっていました。どうしたんだろう・・・とろうかに出てみると、ガラス窓越しに、大勢のかたたちが講堂の入り口に行列してらっしゃるのが見えました(^^;;

てっきりなにか放送があって移動するものと思っていましたから、あせりまくって講堂の方へと向かいました(^^;; 講堂に入ると、もうほとんどの座席が埋まっていました。やがて2階席もすべて埋まり、補助席まで利用されて超満員になりました(@@) 出席者の数は相当多そうです。

講堂は「聖マリア礼拝堂」といい、独立した建物ですから天井がとても高く、ステージには十字架と祭壇が置かれています。とても華麗な、美しい礼拝堂です。礼拝堂にふさわしく座席は木のベンチですが、ありがたいことに薄いおざぶとんが敷かれていました。

開始2分前ぐらいに、本日演奏を行うハンドベルクワイヤーの生徒たちが粛々と登場し、ステージの上の座席に着席しました。

やがて定刻になり、はじめに「本校の学校行事はすべて礼拝で始まっていますので」とご説明があって、出席者全員が起立しての聖歌の合唱がありました(@@) プロテスタントもカトリックも、ずいぶんいろいろなキリスト教の学校を回りましたけど、出席者全員が参加しての合唱というのは初めてでした(@@)

わたしはキリスト教の学校を出ているので歌うことができましたけど、まわりを見ると曲をご存知でないのか、歌えないかたが大勢いらっしゃいました(^^;; キリスト教の学校と言っても、在校生でも信者はたいてい数パーセントしかいないことが多いですから、無理もないお話です(^^;;

つづいてチャプレン(学校付き牧師さま)による聖書の朗読もあり、宗教色出しまくりです。最近ではどこのキリスト教の学校も、たいてい「信者を養成する学校ではありません」「信者でなくてもまったく問題ありません」というようにおっしゃって、宗教色をできるだけ出さないようにしていますから、すごく意外な感じがしました。

大多数のキリスト教の学校が、説明会では宗教色をあまり出さないようにしているからには、それなりの理由があるはずです。女子学院は別だと思いますが、雙葉、白百合、青山学院、光塩、頌栄などの高偏差値校ほど軒並みそうでしたから、立教女学院が偏差値的に苦戦している原因は、ひょっとしてこの宗教色を前面に出しているところにあるのではないか・・・などと思いました。

そういえば、立教女学院ほどではないものの、同じく宗教色が強いと感じられた普連土学園も、応募者減で苦戦しています。

さて、牧師さまによる聖書の朗読が終わり、ハンドベルクワイヤーの子たちがステージの前にならべられたベルの前に移動して、ハンドベルの演奏が始まりました。数えてみると生徒は15名、ベルは50個以上ありましたから、かなりの大編成という感じです。

12月ということもあって、曲目はCarillon Christmasでした^.^ 生徒たちのアクションが大きく、ベルの数が多いための移動もあって、まるで運動部のようです(@@) はじのうちは生徒たちのアクションにばかり気を取られていたのですが、演奏はすばらしく、ラストのところではじーんと感動しました^.^ 終わってから、会場から大きな拍手がわき起こりました^.^

続いて校長先生のお話がありました。校長先生は、はじめにハンドベルの演奏に大きな拍手をいただいたことへのお礼をのべられました。子どもを育てるには励ましたり支えたりすることが必要であり、ハンドベルクワイヤーの子たちも、拍手をしてもらってきっとうれしかったことであろう・・・とのことでした^.^

さて、本校では現在クリスマスの準備の時期に当たっています。中庭の大きなモミの木のイルミネーションをぜひ見ていただきたいとのことでした。それからお話は、のことについてと続いていきました。

「光はいつも人間の心を引きつけるものがあります」「私たちは聖書の『地の塩、世の光』という言葉を大事にしております」「もし光があれば、私たちはそこに向かって進んでいくことができます」「じゃあ光は何なんだろうか。これを中高のうちに見つめることが大切です」というお話でした。

続いて本校の歴史についてのご説明がありました。本校はいまから125年前、宣教師ウィリアムズによって始められました。まだ幕末のころに、日本に一番最初にやってきたプロテスタントの宣教師だったそうです。

来日当初はキリスト教が禁止の時代で、ウィリアムズ宣教師は日本語の勉強をしたり、聖書の和訳をしたりしてすごしていたそうです。ですが、キリスト教が解禁になってからは教会を作りました。そしてキリスト教を広めるよりも、キリスト教の生き方、人間はどう生きたらいいのかをいっしょうけんめい考えたそうです。

東京においては貧しいひとを支えるボランティアを行いました。孤児院を作ったり、貧しいひとのための病院を作ったそうです。そして立教女学院を1887年に、女性を育てる学校として作ったのだそうでした。

ちょうどこの年は東大が作られた年でもあり、日本は殖産興業政策でもって先進国に追いつけ追い越せという時代でありました。立教女学院はちいさな一軒家で、わずか7名の女性を集めて教育を始めたそうです。日本が世界一になるのも大事なことだけれど、女性がひとりの人間として、かけがえのない人生を生きていくことも大事であり、私たちはそのことに力を注ぎたい、という方針であったそうです。

その後、地震、戦争を経験し、何度か閉校の憂き目にもあいました。聖マーガレット礼拝堂が軍需工場に転用されたこともありました。しかしながら、「どんなことがあっても、この社会の中にあって大事な、女性を育てるための営みをやめてはいけない」という信念でもって、歴史をつむいでこられたそうです。

ウィリアムズ宣教師の「単に知識を身につけるだけでなく、どうやって生きていきますか」「人間はお互いに支え合って生きていくことを忘れてはならない」などの考えは今日も引き継がれているそうです。

校長先生は「学校には大事なことが二つあります」とおっしゃって、ひとつはすぐれた知識・学力を身につけてもらうこと。もう一つは心が豊かに、あふれるようにはぐくまれることであるとのべられました。「誰のために、何のために生きていくのか。そのことをも大切にしています」とのことでした。

それから教育方針についてさらに細かくご説明があったのち、「立教女学院の教育は、大きく変わりつつあります」と、立教大学への推薦制度の変更についてのお話がありました。従来は立教大学への推薦枠は60名だったのですが、今後は「本人が希望すれば、人数に制限なく立教大に進学できるようになった」とのことでした。

さて、立教女学院の偏差値が下がってしまっていることの原因・その2として考えられることに、最近の大学付属校の人気低下傾向というのがあります。

早慶、そして青山の付属校だけは別格ですが、少子化によって大学入試がゆるやかになったため、多くの大学付属校の偏差値が下がり、かわって進学校の人気が高まっています(^^; すなわち早慶は別として、大多数の付属校では「中学で入学するより大学から入学するほうがはるかに楽。だから、中学でここの付属校に入れる学力のある子なら、進学校で鍛えればもっと上の大学を狙える」というように考えられることが多くなっているのです(^^;;

ひとつの実例として、わたしのところでは、ことし始めて大学受験の生徒を送りだすのですが、その子は中学受験の時は立教女学院はおろか、恵泉、実践女子にもはるかにとどかず、ずっと下の進学校に進学しました。(注:6年前は恵泉も実践もいまより附属色がずっと強かったです)

ところが6年後の今日、模擬試験の結果を見ると、立教大・学習院大などが十分ねらえる範囲にあり、恵泉女子大、実践女子大はすべり止めにもなりません(^^;; ましてや、立教女学院に入れるような優秀な子は・・・ということになってしまうのだと思います(^^;; 

ですので、立教大への推薦枠撤廃というのは、はたして受験生や保護者のみなさんにはどうとらえられるのか・・・が非常に興味がありました。ですが、どうやらきょうの説明会の盛況ぶりを見ますと、かなり好意的に受け止められているようです^.^

わたしとしては、説明会では申し訳なさそうにほんのちょっぴりだけふれられた他大学進学実績も、魅力のひとつとして語られたほうがいいのではないかなあ、という気もしました。資料が配布されただけで説明はなかったですが、ことし172名の卒業生のうち、立教大53名、立教女学院短大14名をのぞいたのこりの生徒の中から、浪人も含めてですが東大2名、慶應18名、早稲田21名、上智14名などの合格実績を出しているのですから・・・。

さて、校長先生のお話が終わり、つづいて教頭先生からのお話がありました。保護者からよく質問のあることについての回答という形で、まず宗教についてのご説明でした。

キリスト教の信者でなくても「まったく大丈夫でございます」とのことでした。入学後はチャプレンからお祈りの時のひざまづきかたの指導まであり、オリエンテーションキャンプでは担任の先生が聖書の中から好きなお話をするなどの指導もあるそうです。うーん、やっぱり宗教色が強そうな気が・・・(^^;;;

また、併設小学校からの進学者と仲良くできるかとの質問も多いそうですが、オリエンテーションキャンプで、仲間作りを意図したプログラムが組まれたりなどしているため、心配ないようです。

入試については、2003年は2月1日が土曜日であるため変更なしですが、2004年は日曜日に当たるため、2月2日に移動するそうです。また、近年複数入試を行う学校が増えていますが、本校は「できるかぎり不本意入学を避けたい」との意図から、1回入試のみを行うそうです。

面接では「志望動機」「小学校生活」「中学への抱負」「世の中のどのようなことに関心があるのか」といった「ごくごく一般的なこと」だけが聞かれるそうでした。面接は「あくまで参考程度」であり、「けっしてマイナス評価はいたしません」とのことで、ありのままの自然な姿でのぞんでほしいとのことでした。

それから各教科の先生から出題傾向、進路担当の先生から進路指導のご説明があったのち、校舎見学となりました。

12時半に校内に入り、説明会が終わったのが3時10分ぐらいですから、もう2時間40分ぐらいたっています。ですからだいぶ疲れていて、さっき中学の校舎も見たことだし、40分かかるという校舎見学には参加しないで帰ってしまおうかな・・・とも思いました。ですが、いろいろな施設も見てみたいですし、ひょっとしたらわたしの元生徒とも会えるかもしれないとも思ったので、疲れた体にむち打って参加してみることにしました。

元生徒には残念ながら会えませんでしたが、結果的に校舎見学に参加して大正解でした。そう、高校の校舎と、聖マーガレット礼拝堂を見ることができたからです。

真新しく、モダンでおしゃれな中学の校舎を回ったあと、見学者の列は渡り廊下を通って、いきなり薄暗い場所へと入っていきました。そこが高校の校舎だったのですが、足を踏み入れたとたん、わたしは思わず息を飲みました。現代から、いきなり大正時代か昭和初期にタイムスリップしてしまったような気がしたからです(@@)

この高校校舎は、今からなんと72年も前に建造されたそうでした。関東大震災のあとであっただけに、とても頑丈に作られたそうです。天井がとても高く、ろうかに下がっているのは蛍光灯でなくてすてきなデザインの白熱灯でした。

その白熱灯が、もしかしたらガス灯なのではあるまいか・・・と思えるほど、校舎にはレトロな重厚な雰囲気がただよっています。すばらしい・・・!! わたしは思わず大興奮してしまいました。まるで昔の女学校のような・・・ではなく、女学校そのままが現代に保存されていたのですから・・・。

柱、壁、窓、調度品などなど、校舎全体がアンティークの美術品のようです。教卓や木張りの床はすりへって、貫録十分です。よくぞこの校舎を現代に残してらっしゃった・・・という感じで、あちこち見るたびに感動、感激です。

さすがに教室の中はたくさんの蛍光灯が取り付けられ、かなり明るかったですが、薄暗いろうかは雰囲気十分です。ああ、いつまでもこの校舎の中にいてながめていたい・・・と思わされました。

そして見学の列は、狭い渡り廊下を通って聖マーガレット礼拝堂へと向かいました。古びた渡り廊下を歩いているときから、なにか荘厳な空気が流れているようで、ぴりぴりと皮膚が張りつめるような気がします。

礼拝堂に入ると、パイプオルガンが演奏されており、ブオーッという重低音が体を揺すぶります。そして礼拝堂の内部は、まさにそこに神が居たまう・・・と思える、荘重な空気で満たされていました。本当に自分は今21世紀の日本にいるのだろうか・・・と思わず疑うような気分におそわれます。

校舎見学が終わり、校外に出て雨の中を歩きながらも、わたしはしばらく陶然とした余韻にひたっていました。


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