チャコちゃん

チャコちゃんという一つ上の従姉妹がいる。(勿論さくちゃんとも従姉妹。)
あたしはチビで精神的にも幼い感じだったが、チャコちゃんは背が高く大人びていて電車も一人で乗って親戚のうちに泊まりに行く。
憧れの従姉妹だったがチャコちゃんには気に入らない事があると、さっさと自分のうちに帰ってしまう逃亡癖があった。
5,6年生の頃だったか。うちに泊まりに来ていたチャコチャン。
あたしの妹を二人でいじめてウチのお母さんにおこられた。
さっそくむくれるチャコちゃん。妹とお母さんが昼寝をしている時「あたし帰る。」と言い出した。
子分のあたしすかさず「えー、あたしもいくー」
二人で荷物をまとめると妹のランドセルをベランダに隠し、「バカ」とひとこと置手紙をする陰湿さ。
さっさとチャコちゃんちへ。家に着くとすでに電話で事の次第がばれていてこっぴどくおこられた。
それから4,5年経って、あたしもチャコちゃんも高校生。
今度はさくちゃんの家にあたしとチャコちゃんで遊びに行く。
さくのお母さんは人使いが荒い。アレをしろこれをしろと散々こき使われたあと、
「あたしこんな事するために遊びに来たんじゃない」とまたもやむくれるチャコちゃん。
「あたし帰る」まだまだ子分のあたしは「えーあたしもー」おばちゃんが出かけている隙に駅へ。
ところがウチと違ってさくちゃんちは一時間に1本しか電車の来ないへき地だったので電車がくる前におばちゃんにばれて駅の改札でつかまった。
「なにしてんのよ。うちに戻ろう。」諭すおばちゃんにチャコちゃんは「でも帰る。」あたしも「・・・帰る」
結局帰ったあたし達はやっぱりお母さんに怒られた。
あれからウン十年。結婚して子供もいるあたしたち。
ダンナとけんかしてむくれて実家に帰ったという話しは聞いていないし、あたしも今では子分じゃなくなった。
あたりまえか。


ちびさくその2

4歳のさくちゃんに妹が生まれた。
親戚に預けられたさくちゃんと遊んであげようとやさしいともちゃんが相手になってあげていた。
当時さくらと言う名前が斬新だったので次女の名前にも親戚の期待が集まっていた。
「赤ちゃん、かわいいね。なんて名前になるんだろうねえ」
話しかけるとちょっと考えて「あたし、赤ちゃんの名前もう考えてあるのよ。」ませた口調でいうさくちゃん。
「なに、なんて名前?」「プリンちゃん
「え?なんで?」「あたしプリンが好きなの。」「・・・。」
その後次女には長女とはうって変わって、つまりは極めて何事もないありふれた名前がつけられた。


こけし事件

あたしが中学2年の時。思春期真っ盛りで、当時コバルトシリーズというちょっとエッチ系の小説が大流行だった。
いまでこそコミック雑誌が氾濫しているが、当時は後ろめたく、友達何人かでグループ買いをしてはまわし読みをしていた。
「彼の手がパンティーにのびそして・・・。」わくわくドキドキ。 すげーじゃん、エロエロ。大興奮。
「彼女はこけしを使って腰を振る。あー気持ち良い」などなど。
「へー、こけし使うと気持ち良いのか」今考えるとこけし違いなのだがそんなの知らなかった当時。
こけしは気持ち良い。そこだけが脳にインプットされた。
誰もいない昼間の自宅。居間にはお土産で集めた大小さまざまなこけし達。
私は遠慮がちに一番小さなこけしを手に取ると「本当に気持ち良いのかな」アソコにいれてみた。
「スポッ」あ、はいっちゃった、で、なに?どうすればいいの?とれなくなったらどうしよう。
一瞬でパニックになった私はこけしを引きぬいた。なんとそこには赤くにじんだ顔をしたこけしちゃん。
「大変だ−!処女膜やぶけちゃった・・・?」じつはこけしの染料がにじんでいたのだ。
ほっとしたけどにじんだこけしどうしよう。とりあえず洗って何事も無かったように元の場所へ。
しばらくの間は居間で家族団欒の時も視線はこけしに注がれてしまった。
人知れず赤い涙をながすこけしちゃん。どうかばれませんように。
このことがトラウマになったのかいまだに器具を使ったプレイはできないあたし。
でも誰にもばれなくて良かった。これを見ている人意外は。


ちびさく

あたしが小学校6年位の時、さくちゃん家族につれられて房総の白浜にいった。
さくちゃんはまだ幼稚園児くらいで、今考えると子守りに連れて行かれたのだと思う。
海に着いて車を降りるとなんだか、さくちゃんの機嫌が悪い。 ぐずって「おかあさん、おかあさん。」
しかしお母さんは乳飲み子のちろをかかえてこれまた機嫌が悪い。
「うるさいねえ。あんたは。ぐずぐず言ってないでさっさと来な!」と、すたすたいってしまった。
しかたないので「さくちゃん、ダッコする?」と話しかけると同時にいきなり「ゲロゲロ」リバースしやがった。
乗り物酔いしてたんだ。「うあー、おばちゃーん」しかしさくのお母さんはすでに彼方へ。
「・・・」ええ。あたしがだっこして連れて行きましたとも。なんてやさしい従姉妹。親に見放されてかわいそうなさくちゃん。
子供心にかわいそうだなあと同情したよ。 でも仕方ないよね。
さくちゃんはそれはそれはしつこい子供だったのだもの。
普段のおこないのせいで本当に必要な時にはお母さんに相手にされず。
ああ、大人と子供は永遠に分かり合えないのか。


私は見たその2

「私は見た」から4年ほど経った社会人1年生の頃。
デパガだったので平日休み。起きてみたら家族はすでに出かけててひとりぼっち。
朝飯でも食おうかと台所でうろうろしているとふとゴミ箱に目が止まった。
「ごみがいっぱいだなあ・・・あ?」一番上に見なれた・・・もとい見なれない物体が。
コンドー君の空き袋。「・・・。まだやってるのか。」こんなもの中学生の妹がみたら絶対グレるぞ。
しかたないのでゴミ箱の奥深くにつっこんでおいた。
使用済みの本体(私たちの弟か妹の胤入り)は幸か不幸か見つからなかった。
この事実はそのあと10年間私一人の胸にしまわれていたのであった。(10年後に告白したのはもちろんさくちゃん)


おねしょ事件

子供の頃からトイレが近く、夜はしょっちゅうおねしょをしていた。
小学生の冬。たぶん4,5年生だったと思うが従姉妹のカズミちゃんが泊まりにきた。
妹と3人で2枚の布団を敷き、私とカズミが同じ布団で仲良く寝た。
何時頃だろうか、気がつくとお尻のあたりが冷たい。
「あ。またやってしまった。」こりゃまた結構な量で大地図をかいている。
カズミにばれないようにそーっと布団から出て、慣れた要領でパジャマを着替え妹の布団に入ろうとしたら、
寒さのあまりくしゃみが。必死に押し殺したが、「ふ、ふえっ・・くち!」カズミはパッチリ目を開けた。
(ああ・・・ばれちゃった・・・)
だがしかしカズミは目は開いているのに動かない。いや、正確には目玉だけを 挙動不審に動かしている。
「・・・」しばしの沈黙。 あ、わかった。カズミは自分がおねしょしたと思ったのだ。
とっさに気が付いた私は「あんたじゃないの。あたしあたし。おしっこでちゃったの。」
カズミの顔から笑みがもれた。「なーんだ。」むっくり起き上がるとカズミのパジャマもビチョビチョ。着替えを出してあげて妹の布団へ。
自分がおねしょしたくせに、なんかおかしくってクスクス笑ってしまった。
カズミのあの顔。今でも忘れられない。


万引き事件

中3の時、放課後友達4人で某○島屋デパートに買い物に行った。
私はけっこうまじめだったので、本当に買い物に行くと思っていたのだが、 他の3人は違っていたらしい。
サンリオショップで、こそこそ端のほうでやってるから「なにしてるの!?」って元気よく話しかけたら
「しーっ!」といって、「ちょっとそこたっててよ。」といわれた。
なんだかわからんけどまあいいや。ぼーっとたってると「帰るよ。」
帰り道みんなは、戦利品自慢大会を始め、「え?なにも取らなかったの?ばかねえ。じゃ、これあげる。」と、鉛筆だの消しゴムだのをくれた。
「チョンぼするならするって言ってくれればいいのに。」なんか、自分だけ仲間はずれのような気がして
「あたしもやれば良かったかな。」と少し思った。でもおっかないし、もらったから良しとしよう。
それから10日ぐらいたって忘れかけた頃、警察から家に電話が。
親はおおあわて。私もおおあわて。「取ってないよ。」ひたすら弁解するが、警察署呼び出し。
刑事さんにしこたま怒られもらっただけで犯罪になると知った。
クラスでほかに万引きした子はいないかと聞かれ何気なく一人の子の名前を言ってしまった。
その子も警察に呼ばれてしまった。私のような子がいっぱいいたらしく、学年360人中100人を越す人数が警察に呼ばれてしまった。
悪名高い我が中学校の名前が前にもましてとどろき渡ったのはいうまでもない。
今でも「どこの中学だった?」「○×中学」というと、
必ず「ああ、あそこ悪いんだよねー」と言われてしまう評判の悪さの一端を担ってしまった。ごめんなさい。


うんこ事件その3

私が小5、妹の直美が小1の時。学校には通学班があるにもかかわらず、
寝ぼすけの私は間に合わないのでいつも妹と2人寂しい通学をしていた。
その日もあいもかわらず遅刻ギリギリ。とぼとぼと歩いて5分もした頃だったか。突然私はおならがしたくなった。
あたりに小学生の影も見えず。 私は下っ腹に力をこめた。「ぶりり」いつもよりくぐもったその音と共に ほんわかと生暖かい感触。
「・・・」妹は無邪気に話をしている。 あいずちをうちながらそっとパンツの上を触ってみる。
あきらかに中には異物が。しかもぬめっている。
(うわー、えらいこっちゃまたやってしもた。どないしょ。このままがっこいってもーたらあかんやろなあ。
くさくてかなわんしな。そやかてちこくしてしまうがな。うーん、しかたあらへん。うちにかえろか。)

などとにわか関西人になったかどうかは、忘れてしまったがとにかく家に帰る事にした。
そこで妹には気付かれたくないので、明るく言った。 「お姉ちゃんちょっと、うちに帰るから先に行ってて。」
「えー?いやだー、なんでー?」しっかり手握って離さない。
「・・・」姉の気持ちのわからない妹だよおまえは。しかたないからむかつきながらも白状する。
「お姉ちゃんね、うんこもらしちゃったの。うちに帰ってパンツ取りかえるんだよ。」
「・・・(妹絶句)」二人うつむきながら家路を急いだ。
その日は思い切り遅刻した。


私は見た

あれは、忘れもしない高校入学の前夜。
制服を下のリビングにつるして、自分の部屋に戻ったがなんか寝付かれない。
制服のリボンが部屋にあって明日忘れるといけないと思いたち、 リビングに行こうと階段を降りた。
いつもは直接リビングに行くのに、なぜかその日は父母が寝ている和室を 通っていこうとした。
ソレが大きな間違いだったのだが。 夜の12時過ぎ。和室で寝てるはずの両親がいない。
???不思議に思いながらも続き間の、リビングに行くと・・・
まず目に入ったのは、お父さん。なぜか、すっぽんぽんで、
○×のところにタオルかけてる。そしてテレビ見てる。しかも部屋は真っ暗。???
「何で電気つけないの?」不審に思いながらも電気をつけると、 ソファーの後ろでお母さんがパンツはいてた。
・・・・・・気まずい沈黙。
ともかくリボンを制服につけ、電気を消し「おやすみ。」
2階の部屋に戻って考えた。「いまのって・・・あれかなもしかして。」
うああ、やってんだいい年こいて。
今考えれば40前なんだからあたりまえなんだけど、その頃は子供がおっきくなったらそういうことってしないのかと思ってた。
「へーそうなんだ。まいっか、あたりまえだな。かんがえてもしょうがない。寝よ。」
次の日、朝どんな顔しようかなとおもったけど、お互いけっこうあっけらかんとしてて「おはよう、いってらっしゃい。」ってかんじ。
びっくりだったけど、やっぱ、親のHに遭遇しなきゃ一人前じゃないよね。
うちも、上の子が小4だしそろそろあぶないけど、
あぶないことしてないからだいじょうぶだね。心配いらないや。
しかしこれは一生忘れられない思い出になった。


ビデオデッキ

高校生の頃、我が家も初めてビデオデッキを買うことになった。
メカおんちの父カオルがめずらしく張り切って買おうと言い出した。
当時ビデオには、VHSとβ(ベータ)の2種類があって、
なぜか、カオルはベータを買うといった。
うわさでは、ベータは無くなるといわれてたのでVHSにしろっていったら
「ビデオやに行っても両方置いてあるし、無くなるわけが無い。第一隣のよっちゃんちにあるのも
ベータじゃないか。」

そう。カオルにとってはよっちゃんちと同じというところに意味があったのだが、
当時はそこまで深読みできなかった。
VHSがいいとは知りつつ、なぜいいかが説明できなかったので、我が家には
ベータの、ビデオデッキがやってきた。ちょっと腑に落ちなかったが、とりあえず、うれしかったので
レンタルビデオ借りたり、録画して楽しんだ。
しかし数年後、思ったとうりベータは、この世から消え去っていった。
そして我が家では、カオルが非難ごうごう受けながら、新しくビデオデッキを買いなおした。
もちろん、VHS。
それから10年の時が流れ、私と母が話してるとき何気にその話になった。
私「あの時、あたしがもっとメカに詳しかったら絶対VHS買ったのに。」
母「ああ、あれね。無理よ。だってお父さんはよっちゃんちと同じのほしかったんだもん。」
私「そんな、こだわらなくても使い方ぐらいあたしだって分かるのに。」
母「・・・ちがうんだよ。よっちゃんちと同じじゃないと借りられないだろ、その・・・あれだよ。」
・・・今にして分かった新事実。よっちゃんちの裏ビデオが借りたかっただけとは・・・
あきれたエロジジイだよカオル。今にして思えばあれだけ頑なだったのも分かる。
ふっ・・・あんたもタダの男だねえ。


外タレ

中学高校と、外国のポップス系がはやってた。
60年代のビートルズや、クイーン、ベイシティーローラーズ、TOTO、スティックス
ユーロ系のクラッシュ,ジャパン、デュランデュランなど。
高校のときは、バイト代つぎ込んで某グループの、おっかけしてた。
同じホテルに泊まって、バーに飲みに来る彼らを待ち伏せした。
しかし、いざ会えても肝心の会話ができない。
日本の英語教育を呪いながら一生懸命つたない単語で会話した。
「またね」が、シーユーレイターだと知って、れんぱつした。
彼らが日本をたつときにいった。
「ドント、リメンバーミー」
一瞬の間があり「ぶわーはははは!」大笑いされた。
「ドント、フォーゲットミー」じゃろーて。ばかばかあたしのばか。


目黒小町

あたしの母と、さくの母は3姉妹である。上からかよこ、かなえ、かつえ(仮名)。
昔は目黒小町といわれるくらい美人三姉妹で有名だったそうです。(自称)
ところで、次女のうちの母カナエ。「加代子と、勝江は、名前が漢字なのにどうしてあたしだけ
カタカナなんだろう。やっぱ、まんなかはかわいくないのかな。」
などと悩んでいた。そんなある日、集まりがあっておばあちゃんに聞いてみた。
「どうしてあたしだけ、カタカナなのよ。」
するとおばあちゃんは、「へ?あたしはみんな、カタカナにつけたんだよ。だって漢字知らないもん。」
びっくりしたのはさくの母勝江。
「ええっ?あたしは、ずーといままで勝江だと思ってたのに。カツエだったなんて・・・。
加代子「あたしは知ってたけど漢字使ってる。」さすが長女。したたか。
安心したカナエ「なんだ、戸籍はみんなカタカナなんだ。」
それからカナエは香苗になった。
小心者の勝江はカツエにもどった。加代子は、そのままだった。
それぞれの人生が少し変わった。ような気がする。 ちなみに田舎のおばさんも戸籍は、朝なのに、朝子と名乗っている。
戸籍って、そんなもんなのかねえ。
でも、60歳以上の人けっこういるんじゃないかな。芸名(?)使ってる人。
みなさんのまわりはどうですか?戦後のどさくさにまぎれて名前変えてない?


ナプキン事件

あたし、晩熟タイプで中学2年までお父さんとお風呂に入ってた。
だって、おっぱいはぺったんこ、毛も生えてないしおまけに生理も来てなかったから。
まあソレは置いといて、中2の終わりにやっと生理が来たんだけど、
その頃のナプキンて、今みたいに薄くもナイし、シールも前のほうに小さいのがついてるだけ。
やけにごわごわしてて、つけごこちが悪かった。
そんなある日、たしか、徒歩遠足かなにかで、学校の外を延々歩かされた。
生理4日目くらいで、たいした出血じゃないんだけど、だんだん、ナプキンが
後ろのほうに動いてるかんじがして、歩くのやだなあって思ったんだけど、
友達と話してるうちに、そんなことすっかり忘れてた。
学校に帰ってきて、トイレに行って気が付いた。
「ナプキンがない・・・!」
何処に落としてきたんでしょうねえ、あのナプキン。落とした瞬間がわからなくて
ホントに良かった。「落としましたよ」って言われなくて、ホントに良かった。
さくちゃんにこの話したら、「あたしも落としたことある。しかも、電車の中で。」っていってた。
血がついてなかったから、新しいナプキンのふりをしたそうです。
けっこう、ありがちな話なのかもね。ナプキン落としたことある人、手あげて!仲間募集中。


うんこ事件その2

小4のころ。おふろでおならをすると、ボコボコっとおとがするが
けつの穴を水面に合わせるとピチャッという音と、ボコッという音2つの音がする。
それがおもしろくてひとりで、屁しまくってたら、あろうことか、実がでてしまった。
しかも、一番湯。これから、父さん母さんがはいるのに・・・
洗面器で一生懸命すくいだし(でも、細かいカスは、とりきれない。)
そそくさと風呂を出て、大急ぎで着替え、2階へ逃げた。
しばらくして、母さんが入った。
でも不思議に、怒られない。「?気が付かれなかったのか?」とりあえず、安心して寝た。
次の日母「あんた、夕べ風呂でうんこしただろ。
私「・・・ごめんなさい。ばれた?」
母「あたりまえだろ、ゆぶねに、あんないっぱい。すぐお湯捨てたよ。
うちで、下痢便もらすのっつったら、あんたか、お父チャンだからね。」
母さん苦労かけたねえ。


たくちゃんのちんちん

いとこのたくちゃんが小1、あたしが小3くらいの時。
たくちゃんちに泊まりに行ってたくちゃんと、姉のチャコちゃんと3人でお風呂に入ってた。
子供の頃ってお風呂で遊ぶの楽しかったよね。
もぐったり、シャンプーでキューピー頭つくったり。
しばらくキャーキャー言ってたら、あたしある異変に気がついた。
たくちゃんのちんちん、ヘンになってる。
たくちゃんのちんちんはなぜか立っていた。
でも、姉妹しかいない私にはしわしわのちぃちゃいちんちんしか
見たことが無かったのでしわの無いちんちんに、バカうけにうけて大笑いした。
ぎゃーっはっはっは!なんだそれ、たってるたってるよおお!!
チャコちゃんといっしょに大笑いしてたら、たくちゃんたら
たってるソレを、おもむろに掴んで丸めようとした。
そんなことしたって余計大きくなるだけなのにあせって必死で下向けようとしてる。
ぎゃーははは、やめて、ぐるじい!
大笑いしたあとお風呂を出てママたちにご報告。
たくちゃんのちんちんたっちゃったんだよ!
あたし、ママたちにもバカうけすると思ってたのに
「・・・」苦笑いされて終わっちゃった。
大人にはあんまり笑えないよね。いとこ相手にちんちんたててんだから。
でも大人になって2人の男の子の、ママになったのでアカンボでも
男の子はちんちんがたつということがよーくわかりました。


はなみず

確か中学1年の冬。朝礼で校庭に整列して校長先生かなんかの話を聞いてた。
普段からアレルギー性鼻炎を病んでいる私には冷たい空気は大敵。
なんか、むずむずしてきたと思ったら「ヘークショイ!」おっきなくしゃみと共に
でたでた、大量のはなみず。しかも、とっさに手で押さえたから
すべては手のひらの中。そういう時にカギってハンカチもティッシュもない。
まだまだ、かわいい盛り。そのまま退席するには前のほうに居すぎて、目立っちゃう。
でも、手のひらを開く勇気はナイ。
考えた挙句、私は・・・そのまま、鼻からはなみずをズ、ズ、と長い時間をかけて
飲みこんだ。おえええっぷ。
きたねえんだよ。あたしのばか。誰にも気付かれなくて良かったなんて、
安心してた。ズーズーいってるんだから、絶対ばれてたよ。
ていうか、ばれてもいいからのまねーでくれって感じ。
思い出すたび、吐き気を催す。自分だと思いたくない。げええ。
これ、食事しながら見てる人いないよね。もしいたら、ごめんなさい。


おそるべし、カオル君!!

カオルくんとは、なにをかくそう私の父で、親戚筋じゃあちょっとした有名人である。
カオルは、今年定年退職するまで某有名デパートに勤めていた。
きわめて努力家だったらしく、30才過ぎてから、宝石鑑定士の資格も取り
「これで日本一」という本にも載ったことがある。確かに彼はがんばった。
がしかし、自分で自分を誉めちゃあイケマセンゼ、親方。
とにかく自分の、近くに居る人に自慢話をする。
「あたしゃ、確かにサラリーマンです。だけどサラリーマンだなんて一度も思ったこたあないんです。
実家も商売してましたしねえ。根っからのあ・き・ん・どなんですよ。」

そう、あきんど。カオルのダイ好きな言葉。
福島の田舎からでてきたバリバリの、みちのく人なのに、あきんど話のときは、なぜか
江戸っ子言葉。目をきらきら輝かせ、自分の言葉に酔いしれる。
「ええ、かばんにたくさんの宝石なんて素人ですよ。
あたしゃ、多くて2,3個ですね。お客に選ばせるんじゃない。あたしの選んだもの
これが、気に入るか入らないかだけです。値段?1個2,3千万ですかねえ。」

すげーじゃんおやじ。ホンとのあきんどならね。膨大な利益がふところにはいってたはず。
しかし、キミは所詮サラリーマンいくら売ってもぜーんぶデパートの売上。
でもカオルのあきんど話を聞くときはそんな事言っちゃあいけませんぜ。
まあ、いってもカオルは聞いてないけどね。自分の世界に行っちゃってるから。
あきんど話は、親戚みんなが被害にあってる。娘のあたしでさえ。
一度つかまると、少なくとも2時間は離してくれない。
もちろん他人にも。母さんが言ってた。「普段はしょうがない。これしか話すこと無い人だから。
でもねえ、北海道に、ツアーで行ったとき恥ずかしかったあ。
みんな、バカンスで来て、仕事なんか忘れてるのに初対面の熟年夫婦とッ捕まえて
始めちゃうんだもん。見ず知らずの人にいきなり、あたしゃあきんどですなんて
いわれたってねえ・・・」
おそるべし、カオル君!!


うんこ事件

子供のときって、良かれと思ってしたことが裏目に出てしまうことがけっこうあったりする。
この話も、そんな悲しい物語(?)のひとつだ。
確か5歳くらいのとき。わたしってばなんか、下のだらしない子でしょっちゅうもらして怒られてた気がする。
その日は、朝からおなかの具合が悪く、外で遊んでてびちグソもらしてしまった。
がに股になりながらも急いで家に帰ると、お母さんがいない。
とりあえずパンツ取り替えたけどさて・・・。
その頃まだ、お風呂が無い家で脱衣かごもなく、何処置いたらいいのかわからなかったのか
洗っておけば、怒られないと思ったのか、台所の流しでうんこ付きパンツをじゃぶじゃぶ洗っちゃった。
しばらくして買い物から帰ったお母さん。んこまみれの流しを見て発狂した。
「あんたいったい、なにしたのおお!!」
ほめられるとおもいきや、どうも、思わくと違う母さんの絶叫に、何をどう言えばいいのか
「うんこでたから、あらった。」
それだけ言うのが精一杯。
「ばっかもおおん!飯食うもん作るところでなんでくそ洗う!! おめえは、くそ食うンかあああ!!」
母さん、頭ごなしに子供をしかっちゃいけません。
誉められると思ったのに怒鳴られたかわいそうなあ・た・し。
でも、あのときの母さんの気持ち今ならわかるよ。
あたしが、お母さんの立場ならまちがいなくぶっとばしてます。