地球に到着した私は端整な住宅地の一画に空き家を見つけた。その空き家の内部を改造し、地球観察本部とし、さらに、人口皮膚を蒸着し、地球人になりすます。
今後は地球人として生活するのだ、怪しまれないようにするため地球の生活習慣を学ばねばならない。
さっそく、地球大百科事典と銀河言語辞典を開き地球について研究する。すると、引っ越した場合、近隣の住民に蕎麦を配るのが、地球人の慣例と書いてある。
私は、保存食として携帯していたバルカンヌードルを蕎麦の代用とする事にした。
参考 バルカンヌードル
作り方
バルカン星の泥沼に住む環形動物(バルカンミミズ)を捕らえ、一晩水中に浸しあく抜きをする、それを天日に干し干物にする。
調理法
湯がえて特性つゆ(活性化酵素液)に浸し食する。生命力の強いバルカンミミズは干物にしても、条件を揃えると蘇生する。
つまり、ミミズの踊り食いである。
類似食品 ロミュランラーメン、クリンゴンハルサメ、地球蕎麦 等
銀河大百科事典より
日曜日の朝、私はバルカンヌードルを持ち、お隣を訪問した。
玄関横には(るびい生け花教室、生徒募集中)と書かれた看板がある。
地球人との初めての第3種接近遭遇である、高鳴る胸の鼓動を押さえる事が出来ない。
「ドキ、ドキ、ドキ」
緊張し、玄関の呼び出しチャイムを押す。「ピンポ〜ン」
ガチャと扉が開き、美しいにょたい型地球人が現れた。
私は我が目を疑った、我が母星のにょたい観音像でもこれだけ見事な作品は見たことがない。
このような辺境の未成熟な惑星に、このように美しい生物が生息しているとは信じがたい事である。
私は興奮する心を悟られないように、つとめて冷静に振る舞った。
「せっしゃ、ツボックと申す、この度、貴殿の隣家に居す事になりにけり、挨拶参上つかまった、これ、我が地の名物なり、納められたし」
銀河言語事典で調べた定形句と共に、バルカンヌードルを差し出す。
「ああ、そ、そうですか、ごていねいに、どうも」るびいさんは不思議そうに私の顔を見て、ヌードルを受け取った。
「ご近所付き合いのほど、よろしく、おん願いたてまつりまする」
銀河言語辞典は正確でないのか、言葉の壁があるようだ。るびいさんは一礼すると、バタリと扉を閉めてしまった。
とにかく、地球でのファーストミッション(引っ越しのご挨拶)は成功した。
基地に戻り緊張から解放された私は、いつものように瞑想に入る。目を閉じると、まぶたの裏にるびいさんの姿が映る。
「しかし、見事なにょたいであった、もう一度拝みたい」
るびいさんの姿がちらつき、瞑想に集中できない。「え〜い! やめたやめた、瞑想なんか」
私は、庭に出ると、るびいさん宅と我が基地を隔てる塀の前に立った。
「この塀を越えればるびいさんの庭だ」 私は意を決し塀を登りはじめた。
「何も覗きに行く訳ではない、地球人の生態を観察するのだ、これはりっぱな学術研究だ」
「よいしょ、よいしょ」
塀の上によじ登り、下を見る。「わ! 何だこれは」
塀のるびい宅側には未知の植物がびっしりと張り付いている。「これは、薔薇という植物だ、以前、辞典で見た事がある」
名前しか知らない未知の植物、しかし、るびいさん宅の庭に降りるにはこの薔薇の中を下降しなくてはならない。
思い切って、足を下ろす。「痛ててて!」薔薇というこの植物、鋭利なとげがあるようだ、すねにとげが突き剌さる。
「クソ、負けるもんか、拝むのだ、るびいにょたいを!」根性を出し、下降を続ける。
まず下半身が、次いで上半身がすっぽり薔薇の中に包み込まれる。
「痛い!痛い!痛いよ〜」
鋭い薔薇のとげが容赦なく襲い掛かる。衣服はとげで引き裂かれ、引っ掻かれた皮膚には血が滲んでいる。
地球人は思ったより利口な種族かもしれない、この薔薇の塀は、装飾と基地を守るバリヤーを兼ねていたのだ。
「負けるもんか!ダァー!」 塀の中ほどまで下降し、一気にジャンプする。
ドテッ! 尻を地面にしたたかぶつけてしまった。しかし、私は地球人のバリヤーを突破したのだ。
「フン! 地球人のバリヤーなどバルカン人の前では無力だ」
そのまま、ゴキブリのようにシャカシャカと地面を這い、ヤモリのように家の壁に張り付く。
窓を覗き中の様子をうかがうと、るびいさんを取り囲み、数人の乙女たちが、なにやら怪しげな儀式を行っている。
「これが生け花というものか、初めてみた」
しばらくすると、るびいさんはちらりと時計を見て言った。
「あら、もうお昼ね、今日はお隣さんから、お蕎麦を頂いたから、皆さんに御馳走しますわ、良かったら食べてね」
るびいさんは立ち上がると、キッチンヘ行った。残されたお弟子さん達は足を伸ばし、くつろいでいる。
やがて、ゆでた蕎麦とつゆを盆に乗せ、るびいさんが戻って来た。
「いっただきま〜す」 若いお弟子さん達は食欲旺盛なようだ。
各々、はしを持ち、引ったくるように、ざるから蕎麦を取る。るびいさんもそれに続く。
皆が、蕎麦をつゆに浸け口に運ぼうとした、その瞬間、蕎麦が蘇生した。
いや、この場合、ミミズが生き返ったと言った方が正確であろう。
口元でウニョウニョとうごめくバルカンミミズ、皆の目が丸くなる、次いで顔面蒼白になる、次いで悲鳴があがる。
「キャー」「ギャー!」「グギャァァァァ!」「グギャオエァ〜!」うら若き乙女達はドタドタと部屋を駆け出した。
一人、取り残されたるびいさんは、腰が抜けたのか、座したまま口をパクパクさせている。
バルカンミミズは湿った土を求め、畳の上をニョロニョロと這っている。
地球人には我々の食文化は適合しないようだ。「喜んでもらえると思っていたのに」
私はガックリと肩を落とし、トボトボと基地に戻った。
おしまい
地球人るびいとの遭遇
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