松茸騒動

 

「ああ〜、良い香り」

ルビアはくるくるに丸められた新聞紙の中から放たれる芳香を楽しんでいた。

 しばらく、香りを楽しんだ後、おもむろに、その新聞紙を裂いた。

ビリビリ。

 中から現れたのは秋の味覚、松茸であった。

「わ〜い、松茸だ」

 その松茸は決して大きい物ではなかった、しかし、国内産の新鮮な物のようで、いかにも旬の味覚を堪能できる外観を呈していた。

「可愛い松茸ちゃん、何が良いかしら、まず松茸ご飯でしょ、それから、お吸い物でしょ、土瓶蒸しもいいわね」

 ルビアが調理法を巡らしていると、玄関のチャイムが鳴った。

来客はツボックであった、手にはくるくると丸められた新聞紙を持っている。

 中には何か大きな物が入っているようで、片手では持ちきれず、両手で抱えるようにしていた。

「ルビアさん、面白い物をお見せしましょう」

 ツボックが新聞紙を開くと、突然、この上も無く良い香りがぷ〜んと部屋中に漂った。

 ツボックが両手で抱えていたのは、何と巨大な松茸であった。

「す、凄い、ツボックさん、それ、どうしたの?」

「バルカン星の最新バイオテクノロジーの結晶です、科学技術庁に勤務する従兄弟から亜空間転送で届きました」

 ルビアはキッチンから、先ほどの松茸を持ってきた。

「実は、私も従兄弟からこれを頂いたの・・・」

ルビアの松茸は太目のサインペン程の太さだが、ツボックが持って来た松茸は街路灯の鉄柱程の太さであった。

ツボックはルビアの松茸をジーと見て、言った。

「良かったら、ルビアさんのキノコと交換しましょうか?」

食事というものを生命維持のための栄養補給としてしか捉えていないバルカン人は総じて味覚感覚が乏しい、だから、味覚を楽しむ事が出来ないのだ。

 従って、高級食材に執着心を持つ事もない。

ここで、この松茸交換をしても、ツボックにとって何ら損にはならないであろう。

 しかし、ルビアは躊躇していた、どうやらルビアの小さい松茸には何か秘密があるようだ。

「大きい方がよろしいのではないですか、ルビアさん」

 ツボックは自分が持って来た宇宙サイズ巨大松茸をルビアに差し出した。

ルビアは、自分の地球サイズ小型松茸をツボックに渡しながら言った。

「それ、小さいけど特別な松茸なの、大事にしてね」

ツボックはルビアから松茸を受け取ると、そそくさと帰って行った。

 ルビアは玄関に鍵を掛け、両手でしっかりと松茸を抱いた。

何しろ地球人の想像を絶する巨大な松茸である、重量は10キロ程もあるだろうか、女の細腕では、支えるにも苦労する。

 ルビアは重い笠の部分を右に左にふらふらと揺らしながら、必死でダイニングテーブルに向かった。

「よいしょ!よいしょ!」

 まるでバランス芸を披露しているようだ。

「あれ〜、倒れる〜」

 ドサン!

テーブルの上に倒れる落ちるように松茸を置くと、椅子に座りふ〜とため息をつき、独り言を呟いた。

「交換してもよかったのかしら、でも、ツボックさんにあげたのだから良いわ」

 ルビアは気持ちを切り替えたのだろう、それ以降、急に明るい表情になった。

「さて、どうやって食べようかしら、これだけ大きいと何でも出来るわ、松茸ごはんにお吸い物、土瓶蒸しに茶碗蒸し・・」

「あ!そうだわ、こんな大きな松茸なのに、そんな普通の食べ方してもつまんない」

「ステーキよ、この茎の太い部分を輪切りにしてフライパンで焼くの、松茸のステーキ食べるなんて、地球人で私が始めてよ」

「地球人女性、宇宙松茸を征する」

 新聞の見出しのような事を頭に浮かべ、かなりモチベーションの上がったルビア、まな板を茎の下に敷くと、一気に包丁を突き立てた。

「どりゃ〜!」

ゴリゴリ、ギコギコ、ゴリゴリ、ギコギコ、ゴリゴリ、ギコギコ

 相手は松茸だ、決して硬い物ではないが、何せこの太さである、まるで鋸で丸太を切っているような状況だ。

「切れた!」

 ついに、直径10センチ、厚さ3センチのステーキ肉ならぬ松茸肉が出来た。

フライパンを軽く暖め、薄くバターを塗ると、切り抜いた松茸を乗せた。

 ジュージュー。

美味しそうな香りが辺り一面に漂った。

 ルビアは換気扇のスイッチを入れると呟いた。

「ご近所さん、香りのお裾分けよ」

 そして、表裏に松茸をひっくり返しながら言った。

「お客様、焼加減はいかがいたしましょう、レア、ミデアム、ウエルダン?」

「そうね、未知の宇宙細菌がついているといけないから良く焼いてちょうだい」

 シェフと客の一人芝居である。

大人げなく一人芝居をしてしまうほど、ルビアは上機嫌だったのだ。

 松茸肉に美味しそうな焦げ目がつくと、ルビアはそれを皿に乗せ、ナイフとフォークをもち、テーブルについた。

「お客様、シェフのお勧め、旬の松茸ステーキでございま〜す」

一人芝居はまだ続いていた。

「キャハハハ、いっただきま〜す!」

 ルビアはフォークで松茸肉を押さえ、ナイフで一口サイズに切り口に運んだ。

パクッ、モグモグ。

「う〜ん、何か変ね〜」

 モグモグモグモグ、ごっくん。

「わ〜、何、これ、松茸じゃない!」

「こ、これは椎茸よ、香りこそ松茸だけど、味や食感は椎茸そのもの」

 ルビアはムスッと膨れっ面をすると立ち上がり松茸を抱えた。

「もう〜、ツボックさんたら、偽物の松茸と本物の松茸を交換するなんて!」

 松茸を抱え、家を飛び出したルビア、ツボックから本物の松茸を取り返すつもりだ。

「よいしょ、よいしょ」

 重い松茸を抱えているため早く歩く事が出来ない。

よろよろと歩きながら門を出ると嫌な事に雨が振り出した。

松茸を抱えたまま引き返す気にならない、それに例え引き返したとしても、松茸を持ったまま傘を差すのは不可能だ。

「そうだ!これを使えば良いわ」

 ルビアは松茸の茎を両手でしっかり握ると、胸に押し付けた。

これで、雨を防げるし、顔を斜めにすれば前も見える。

「あ〜ら、ルビアさん、お久しぶりざます、ホホホ」

 突然、誰かが背後から声を掛けた。

嫌な事とは重なるものである、声を掛けたのは町内一の嫌われ者、細田かずこであった。

 この細田かずこという女性、年商数億円といわれる高級ブランド店の日本支社長婦人である。

 この女性、大変自意識が強く、何でも自我自賛する。

更に困った事に金持ちであるから自慢話のネタが尽きない。

 金持ちの単なる自慢話なら我慢して付き合う事も出来るが、この女性の嫌なところは、他人のあら探しをする事である。

 服装や持ち物をチェクして、自分の物と比較する、そして、自分の持ち物の方が高価である事を相手に対してのアドバンテージとするのである。

「まあ、珍しいお傘をお持ちですこと、どちらのブランドざますか?」

 ほ〜ら始まった。

「こ、これはバルカン王国のツボネルというおブランドざます」

 かずこはルビアが差している傘、いや松茸を繁々と見つめ言った。

「何だか松茸のように見えるざます」

「あ〜ら、奥様、これが秋の新作ざ〜ますのよ、ご存知ないの?おほほほ」

 ルビアは負けまいと必死であった。

かずこは不思議そうに松茸の傘に手を触れた。

 すると、傘の襞(ひだ)から白い粉がパラパラと舞い落ちた、胞子だ。

「ぷはぷは」

 胞子を吸い込んだルビアは咽て咳き込んだ。

かずこが驚いた事は言うまでもない。

「こ、こ、これは美白パウダーざます」

ルビアはそう言うと、逃げるようにかずこの元を去った。

 ツボックの玄関に着くと、呼び出しチャイムを押した。

ピンポン、ピンポン、ピンポン。

 何度鳴らしても出てこない。

「何処かに行ったのかしら、あ!もしかしたら」

 ルビアは松茸を抱えたまま、裏庭へ回り、リビングの窓越しに中を覗いた。

「あ〜、やっぱり!」

 ツボックはテーブルに付いていた、卓上には先ほど交換したルビアの松茸が皿に載せられ置かれていた。

「まずい、食べられてしまう」

ルビアは慌てて、松茸の傘でガラスをドンドンと叩いた。

突然窓を叩く音に驚いたツボックはパッと顔を上げ窓の方を見た。

 すると、その直後、ツボックは慌てたようにして松茸を一気に口へ放り込んだ。

そして、その松茸をもぐもぐと噛みながら身を屈め、そろりそりと窓際へ近づき、そ〜と窓を開けた。

ガラガラガラ。

ツボックはルビアの顔を見るとごっくんと松茸を飲み込んだ。

そして、安心したように言った。

「ルビアさんでしたか、僕はてっきり、きのこ星人かと思いました」

このツボックの行動を見て、ルビアはツボックが本物の松茸を返すのが嫌で、一気に飲み込んだと思った、しかし、実際は、きのこ星人に松茸を奪われると思ったツボックは、慌てて松茸を飲み込んだのである。

 この誤解が二人の間に大きな亀裂を起こす事になるとは、その時は予想し得なかった。

「ツ、ツボックさん、私のあげた松茸・・・」

「はい、ただいま食道を通過中です」

「それ、私の故郷のキゴ山で採れたの、従兄弟が毎年送ってくれるの、私が子供の頃、良く遊んだ山だから故郷の味がするんじゃないかって、最近は環境破壊が進んで、探すのに苦労するけど、でも、一生懸命に探して送ってくれるの」

 このルビアの話の中で、ツボックがまともに理解できたのは環境破壊だけであった。

 論理的思考主義のバルカン人にとって人情という事は最も理解しがたい事である。

だから、ルビアの話を聞いた後も、ツボックは顔色一つ変えず、佇んでいた。

「それにツボックさんがくれた松茸、松茸じゃないです!」

いささか感情的に話すルビアに対し、ツボックは無感情なポーカーフェイスで応えた。

「その発言は正確ではありません、正確に言うならば、外観及び芳香は松茸であるが、味覚及び食感は椎茸と酷似している、と、なります」

歩くデーターベースのようなツボックの言い方に、ルビアはかなり感情的になった。

「はいはい、分かりました、要するに、ツボックさんは正真正銘の松茸と松茸もどきの椎茸を交換して、自分だけ美味しい松茸を食べた、いや飲み込んだ、という事ね!」

「その発言も正確ではありません、私はルビアさんのお宅でキノコと言いました、松茸とは申し上げておりません、ルビアさんが私のキノコを松茸と思ったのは多分な希望的推測の結果と思われます」

 顔の表情は何ら変わらず、口だけがパクパク動くツボック、まるでマリオネットの劇のようだ。

ここまで来ると、もはや感情的の域を脱してしまった、ルビアは怒っていた。

「何がバルカン星のバイオテクノロジーの結晶よ!」

「人をバカにしているわ!」

「返してちょうだい、私の故郷の味を!」

喜怒哀楽の無いバルカン人である、例え相手が怒っていても、感情を持って対応することはない、ただ淡々と理論的解説を押し進めるのみである。

「今の三つの問いに順番にお答えします」

「1、何がバルカン星のバイオテクノロジーの結晶よ!について」

「これは、バルカン科学技術庁が地球から採取した数種類のキノコのDNAを合成して、培養したものです、従って味、香り、臭い等、アトランダムに再現されますが、本来他種のDNAが交配出来る事は不可能であり、それが実現したと言う事は、遺伝子工学の大いなる発展であります、しかるに、この場合、結晶という表現は不適切とは思われません」

「2、人をバカにしているわ!について」

「バカに相当する単語はバルカン言語に存在しません、従って現段階では回答不可能です、ただし、バカを論理的に説明して頂ければ回答可能と思われます」

「3、返してちょうだい、私の故郷の味を!について」

「現時刻より数時間後、松茸は私の直腸に到達するでしょう、その後、速やかに肛門より排出されます、排出された物体においては、当初の原型は留めていないと推測されますが、電子顕微鏡で精査すれば分子構造において、その痕跡を認める事は可能であると思われます」

 ルビアは頭痛を感じてきた、片手で側頭部を押さえ言った。

「も、もう良いです・・ツボックさん、さようなら」

ルビアは外に飛び出し、雨の中を駆けて行った。

 ツボックは慌ててルビアの後を追いかけた。

「ついてこないで!」

 ルビアはヒステリックに叫ぶと、バタンと扉を閉め家の中に入ってしまった。

ツボックは呆然と外に立ち尽くしていた、雨に濡れながら。

数分間、いや数十分経っただろうか、ずぶ濡れのツボックはトボトボと引き返して行った。

 

一週間経った、あの日以来ツボックの姿を見掛けない。

 ルビアは窓辺に佇み、外を眺めながら独り言を言った。

「私、何で、あんなに怒ったのかしら、ツボックさん、バルカン星に帰っちゃたのかな〜」

「お昼のニュースでも見よう、どこかでUFOが目撃されているかもしれない、そしたら、きっとツボックさんのUFOだわ」

テレビのスイッチを入れたルビア、直後、彼女は大声を上げた。

「あ〜!ツボックさん」

 そこには担架に乗せられ救急車に運ばれるツボックが映っていた。

キゴ山に猪狩に来た猟友会の人達が偶然、遭難者を発見しました。

遭難者の男性はかなり衰弱していますが、意識ははっきりしており・・・。

 ルビアは収容先の病院をメモすると、電車に飛び乗り、故郷へ向かった。

実家にも寄らず、直接病院に行き、ナースセンターでツボックの病室を訪ね、廊下を駆けた、目は涙でうるうるしていた。

「ここだわ!」

 ツボックは思いの外元気だった。

「ツボックさん・・・」

 ルビアが声を掛けながらツボックの側によると、彼は体を起こし、言った。

「あ、ルビアさん、来てくれたのですか」

 ルビアは目から大粒の涙がボロボロとこぼしながら、ベッドサイドに置いてある丸椅子に腰を下ろし、言った。

「良かった、無事で」

「ご心配おかけしました、直ぐに帰れると思ったのですが、中々見つからなくて、やっと見つけて帰ろうと思ったら、獣道で足を滑らせて、渓谷へ落ちてしまいました、幸い焼肉のたれを持っていたので、それを舐めながら救助を待ちました」

暫く沈黙が続いた、ルビアはハンカチで目頭を押さえていた。

やがて、ツボックはルビアの手に軽く自分の手を触れ言った。

「泣かないで下さい、ルビアさん、良い物あげますから」

 ツボックは枕もとに置いてあった丸めた新聞紙をルビアに渡した。

ルビアはそれをそーと開いた。

「こ、これ!」

 中から出てきたのは、小さな松茸であった、それはそれは小さいクレヨン程の大きさだった。

「こんな小さな松茸を探すため、山に一週間も・・」

「故郷の味・・ですね、ルビアさん」

ルビアはツボックに抱きついた、ツボックはルビアを抱しめた。

 病室の窓から差す眩い秋の陽光が二人の頬を明るく照らしていた。

 

                                                 おしまい