「古墳日誌」第九号




果たして世界ではトイレの数が足りているのだろうか?
僕は以前そんな問題を提起したことがあるが、
最近そのことに関するいくつかの新聞記事を目にすることができた。

インドにはトイレの汲み取りを専門とするカーストがあって、 その人達を介して発生する伝染病などの問題。
それから、やはりインドのトイレ事情に関する記事で、
トイレというか下水設備の不十分さのおかげでやはり、 伝性病の発生など衛生面で問題となっているらしい。

以上のような記事から推論するに、
世界にはやはりトイレ及びに下水施設が圧倒的に不足していると言わざるを得ない。

それはさておき、第九回の古墳日誌です。
去年の夏の終わりというか、秋の始め頃からのものです。


1999年8月29日(日)晴れ

夕方ランニングをしてから古墳に行く。
明日から北海道に向けて旅立つので古墳とはしばしのお別れとなる。

さきたま緑道のケヤキの木の上にマムシがいた。


9月10日(金)晴れ

ランニングをしてから丸墓山古墳に行く。
残暑が続くが、さすがに日没は早くなってきている。
6時半には外はすっかり暗くなっていた。


9月14日(火)晴れ

夜中に友人と車で古墳に行った。
古墳公園内の墓の近くの東屋の前でカップルが白い猫と遊んでいた。

古墳公園の中は夜の10時を過ぎると
うっすらと灯っていた暗い照明も消されてしまうので本当に真っ暗になる。
そんな真っ暗な中を、散策する恋人達はなかなかやるなと思う。
それとともに我々は(僕と東京外大の友人)はこんな夜中に男同士で、
何でこんなところにこなくてはいけないのだろうかと考えてしまった。

秋の深夜の暗闇は柔らかだった。


9月16日(木)曇り

突然涼しくなった。
「夕方古墳に行った」としか記録に書いていない。
この日はサメとイルカと熊の出てくる夢を見て、ヘミングウェイを読んだみたいだ。


9月18日(土)曇り

「古墳に行く」としか書かれていない。
次の日は中山競馬場にオールカマーを見に行って、
帰りに立ち寄った下総中山駅の南側にある運河沿いの公園で、
インド人夫婦が自転車に乗る練習をしていた。
インド人妻は、自転車に乗るとうれしくってたまらないといった顔を僕に向けてきた。


9月20日(月)晴れ

晴れて暑い。
ランニングをしてから古墳に行くが丸墓山古墳には登らずに帰った。

たまに桜並木の砂利道を通って丸墓山古墳の麓から丸墓山古墳を見上げると、
なんだかいやな雰囲気が漂っている気がするときがある。
そんなに夜遅くない、まだ少しほの明るい宵闇の中ですら、
「これは、ちょっと今日はやばいかな」と思うときがある。
そういう時は僕も丸墓山古墳に登らない。
逃げるように立ち去るのみだ。


9月23日(木)晴れ

夕方ランニングをしてから古墳に行くと満月に近い月が昇っていてとてもきれいだった。
丸墓山古墳は草に覆われ秋の虫が盛んに鳴いていた。
エンマコオロギのコロコロという鳴き声が好きだ。
コロコロという鳴き声と一緒に空気感のようなものが揺れるようだ。
闇を揺らし、世界をかすかに振動させるようなエンマコオロギの鳴き声を、
宵闇にまぎれて一人聞いている。


9月24日(金)曇り

台風18号の影響で風が強い。
夕方ランニングをしてから古墳に行き、丸墓山古墳に登る。


9月26日(日)晴れ

セントライト記念を中山競馬場まで見に行き、帰ってきてから深夜に友人と古墳に行った。
丸墓山古墳の頂上から、十五夜から1日過ぎた月が輝いていた。
月の光は明るくて、月の光に照らされた丸墓山古墳はいつもとはまったく別の表情を見せる。

辺りは妙な光に照らされて古い記憶を見ているような不思議な感じがする。
光が違うだけで別の世界にいるような感じがするのなら、 太陽の色がもう少し違えば人間の感覚はまったく違うものになっていたのではないかと思った。
もちろん、地域によって気候と太陽の色が違うので、
地域による気質の違いは その地域における太陽光の色や明るさによるところも少なくないのだろう。

草木の葉が月の光に濡れ、秋の夜風に翻る。

僕は丸墓山古墳の北側の急な階段を少し下りて、そこから丸墓山古墳の頂上を見上げ、
三脚にカメラを取り付けて写真を撮った。
僕は月の光に照らされた世界が好きだ。
月の光の色は全てを硬化させるのに、月の光の感触は柔らかく暖かだ。

月の光に照らされた道を歩くといつもと違った僕がいて、 いつもと違った僕の影を引きずっている。
気のせいなのは十分承知の上だけれども、 月の光の中をいると自分がいつもより少し神聖なものに思える。
非連続的な「個」であるものから、 連続的な非—個(個にあらざるもの)ものへと月の光の作用で移行してゆく。
自我の核心部分が月の光に溶かされてゆく。

僕は月の光に照らされた風景を撮るのが好きなので、
この日は数枚の写真を長い時間かけて撮った。

墓の前の池のほとりの東屋に、深夜にもかかわらず人がいた。
風流を愛でる行田の田園詩人かもしくは変人だろう。
ともかくこんな深夜に1人で古墳にいることは尋常ではない。


9月27日(月)晴れ

夕方ランニングをしてから古墳に行った。
丸墓山古墳に登って、月が昇ってくるのを待っていた。
丸墓山の頂上には白い犬を連れたおじさんがいた。

しばらくすると赤い月がやっと昇ってきた。
赤い月を見ると志賀直哉を思い出す。


今回はこの辺で。