「古墳日誌」第六号




6回目の古墳日誌です。
淡々と続けます。
今回は春から初夏にかけてのものです。
僕はこの頃の季節がまあまあ気に入っている。
桜の花はもう散ってしまって新緑の季節がやってきた。


1999年5月1日(土)晴れ

自転車を漕いで古墳に向かう。
夕方でまだ外は少し明るかった。
丸墓山古墳の登り口の、池のほとりにある八重桜がまだ少し残っていた。

丸墓山古墳の頂上に登ると、子犬の散歩をしている小さな男の子と女の子がいて、
鎖につながれていない子犬が僕の靴にしつこくまとわりついた。

頂上の北側の階段に腰掛けて暮れてゆく春の田園風景を眺めていると、
階段の間に生えた草の中から五センチぐらいの甲虫が出てきた。
闇にまぎれてしまってよく分からなかったが、
目を凝らしてみてみるとマイマイカブリかその仲間らしかった。
落ちていた木の棒でいじってみるとシットリと重たくて妙な質感があった。

西の空では金星が輝き、帰りにさきたま緑道を通っていると東の空に赤い月が低く昇ってきた。
田んぼの上に低く浮かんだ赤い月は、なんか人間の構造物のような妙な現実感があった。

僕は昇りかけの月を見たことがない。
月はいかなるときにおいても、気が付くともうすっかり昇ってしまっている。
僕はいつか地平線に半分体を隠した「恥らう月」を見てみたいと思っていて
注意しているのだけれども、残念ながら一度もその願いが叶えられたことはない。


5月23日(日)晴れ

夕方古墳に行った。
草がだいぶ生えてきていた。
緑道でバーベキューをしている人達がいた。

この季節は、田んぼに水が入れられて夜になるとカエルが盛んに鳴き声を上げる。
僕はカエルが大好きなので、夜、机に向かい、
一休みしているときに窓の外からカエルの声がしてくると居ても立ってもいられずに、
ヘッドランプを頭に装着し、カメラを持って外に飛び出してゆく。
カエルのほうもなかなか警戒心が強く、
ヘッドランプに手に一眼レフの大きなカメラを持った怪しいのが近づいてゆくと 鳴くのをやめてしまう。
僕は覗きや泥棒に間違えられないだろうかと少しどきどきしながら、
腹ばいになって田んぼを覗き込む。

張りのある鳴き声が近くでする。
ライトを照らしてもなかなかカエルは見つからない。
声のする方をじっと見ているとやっとカエルの姿を見つけることができる。

しばらくじっと見詰めていても、カエルはあまり面白い行動は起こしてくれない。
カエルはただ身動き一つせずに、天を突くような声を張り上げているだけだ。
僕はカエルが大きく膨らまし、揺らすあごの下の白い袋の動きに目を凝らしている。

幸い僕は一度も不審者として取調べを受けたことはない。


6月6日(日)晴れ

ダービーの日だった。

僕は府中まで出かけて行き、
アドマイヤベガとテイエムオペラオーの馬連をしこたま買い込んだが、
結果はアドマイヤベガが勝って、ナリタトップロードが2着に来てしまった。
テイエムオペラオーは3着。
栗の白い花がきれいな頃だ。

競馬場から帰ってきて、古墳の方面に出かけた。
古墳の北側に広がる田園地帯を自転車で行くと、田んぼの中に木の茂みがあって、
中に入ってみると「小埼の池」と書かれた標識が立っていた。
小埼の池は万葉集に収められた東歌に読まれている。

解説によると昔はこの一体は東京湾であったが、
やがて海とは離れ内陸の海となり、やがて池になったそうだ。
万葉の頃はかなり大きな湖だったらしいが、
今はもうこの茂みの中の小さなくぼみがその名残を伝えるのみであった。
小さなくぼみにはほんの少しだけ水が溜まっているだけだった。

夕暗がりの中の忍川沿いを通って帰った。


6月10日(木)晴れ

風が物凄く強い。
田んぼの中を覗きながら古墳に向かう。
途中の田んぼでホウネンエビとカブトエビを見つけた。
近頃、ホウネンエビはともかく、カブトエビはほとんど見かけなくなってしまった。

ホウネンエビは細長い田んぼの中の生物で、背泳ぎが得意だ。
その腹は少し青みを帯びていて、体は半透明。
黒くて小さな目が2つついている。
カブトエビはご存知カブトガニに似た奴で、体長約3センチメートルといったところだろうか。
面白い形をしているが、あまりかわいくはない。

僕はいい年こいて田んぼの縁にしゃがみ込んで、しばらく彼らを眺めていた。

古墳につくとベンチに腰掛けて本を読んだ。
けれども、風が強く砂埃が飛んでくるので読書はあきらめて、
持参した野球ボールをベンチにぶつけて遊んだ。

あまり面白くないので忍城の方に向かっていたら、
水城公園の近くの神社の前で電線に止まっていた大きな鳥(たぶんカラス)に糞を落とされた。
糞は僕の首筋に命中して僕のシャツを汚してしまった。
僕は即座に自転車を止め、シャツを脱いだ。
女子高生が通りかかって変な目で僕を見る。
幸いすぐ近くに公園がありそこの水道でシャツを洗うことにした。
小さな子供が遊んでいて、僕がシャツを洗うのをじっと見ていた。
「何洗ってんの?」小さな男の子が小さな女の子に聞く。
「シャツか何かだよ」
「違うよ!パンツだよ!」

そんな会話を聞きながら、少し涼しくて気持ちのいい初夏の夕暮れに、
僕は黙々と鳥の糞の付いたシャツを洗う。


今回はこの辺で失礼します。 また次回。