「古墳日誌」第五号




1998年が暮れ、1999年がやってきた。
特に気になっていたわけではないが、ノストラダムスの予言について考えた。
小学生の頃は22歳まで生きれば十分じゃないかと思っていたけれど、
実際その年がやってくると、まだやりたいことが少し残っていた。

この頃は相変わらず毎週のように競馬場に行き、 サラブレッドの研究に励んでいた。


1999年1月6日(水)晴れ

中学時代の地元の友人Aと、 中学と高校の友人で釧路公立大学の学生で釧路から帰ってきていたKと
車で古墳に行って、丸墓山古墳に登る。 丸墓山古墳の頂上で空っ風に吹かれながら缶コーヒーを飲んだ。

黄色い日差しは暖かそうだったが、風が冷たく、 古墳の桜の木の枝がぶつかり合ってザワザワ音を立てていた。


2月26日(金)晴れ

夕方古墳に行って丸墓山古墳に登る。
その後、 夜の十二時過ぎに友達と車で古墳に行き、再び丸墓山古墳への登頂を果たす。
真夜中のさきたま古墳にはカップルがいて、丸墓山古墳の頂上には猫がいた。

古墳には人懐っこい猫がいることがある。
古墳の近くに墓があるのでおそらく供え物を失敬したり、
駐車場で夜を明かすトラックの運転手達が捨ててゆくごみなどを食べたりしているのだろう。


3月1日(月)晴れ

暖かい日だった。
夕方6時ごろに暗くなり始めた古墳に自転車で向かった。
古墳に登ると月がとてもきれいに見えた。
池で鴨が鳴いていて、僕は丸墓山古墳の頂上から月に照らされた、
行田のまばらな町の灯りを眺めていた。
熊谷市の市街地なのだろう、北西の方角の一際明るい地域をしばらく見ていた。


3月29日(月)晴れ

風が強くとても寒い。
空には半月よりも少し満ちた月が輝いていた。
僕はビデオカメラを持って、北風の吹き荒ぶなかを自転車で、 風に逆らいながら古墳に向かった。
缶コーヒーを買って、すっかり暗闇に沈んでしまった丸墓山古墳に登る。
深い藍色をした闇に、月は一層光を増した。
少し雲が多い空なので月が雲に隠れたり雲から出たりを繰り返していた。
古墳の頂上にある桜の木の枝が強い風にあおられて揺れ、
その網目のように入り組んだ枝の隙間から覗く月をビデオに撮影した。

帰りは追い風なので自転車を漕ぎながらビデオ撮影をして帰った。 家でビデオを見てみるとあまり面白くなかった。

ユーゴではNATOによる空爆が続いていた。


4月9日(金)晴れ

友人の車に乗って夜古墳に行くと桜が満開で、 丸墓山古墳は桜に埋もれるようだった。
丸墓山古墳の頂上では明かりがともっていて花見をしている人がいた。
発電機の音がビーンという音をたてていて、 電灯に照らされた丸墓山古墳の頂上の桜が闇に浮かぶ。


4月17日(土)曇り

午後の7時ごろにせっせと自転車を漕いで古墳に行った。
曇っていたので宵闇が少し重苦しい感じがした。
すっかり春で、桜もすっかり散って、土の匂いがした。
土の中から「ジーッ」とオケラの鳴く声がする。
丸墓山古墳を囲んでいる池の中でウシガエルが鳴き、
もっと遠くにある田んぼの方からアマガエルの鳴き声がしてきた。
遠くで犬の吠えるのが聞こえてくるとなんだか物思いに耽ってしまう春の闇である。


4月25日(日)晴れ

夜中に友達の車で古墳に行き,丸墓山古墳に登った。
夜中の一時ごろだった。
この時間になると普段でも少ない行田の田園地帯の灯りがさらに少なくなって、
丸墓山古墳の頂上から見られる光の中で一番明るいのが
自動販売機の光であるというなんとも侘しい状況になってしまう。
古墳の北側の林の中で正体不明の光が明滅していた。

オケラの鳴き声とウシガエルの鳴き声。
土の匂い。
南側の空には地上に沿って横長の雲がかかり、
その雲が街の光を反射してぼんやりと白く染まっている。
暗く、暖かな春の真夜中の古墳でのことだった。


4月27日(火)晴れ

新緑がとてもきれいだ。
そういえばこの春に僕はゼミに入ったのだ。

夕方七時ごろに相変わらず自転車を漕いで古墳に出かけた。
八重桜が満開で大きな牡丹雪のような花が闇の中にぼんやりと滲んでいた。
丸墓山古墳の上り口の沼のほとりに一本だけある八重桜の木は
古墳の頂上から見ると亡霊みたいに見えた。
半月の月が明るく辺りを照らしていた。

帰りに緑道を通っていると、前方の闇の中に奇妙な物体があった。
良く見てみるとそれは抱き合った男女であった。
抱き合った男女は春の闇の中で長い口付けを交わしていた。
僕はそのまま彼らの横を自転車で通り過ぎたが、
ちょうど僕が彼らの横に差し掛かったときに男の方が僕に気付いてひどく驚いていた。
「顔の半分が口」というまでに大きく口を開いたまま「本当にビックリ仰天」
といった彼の心情が凝縮された表情だったので、僕も思わず吹き出してしまった。
僕に背を向けていて、
僕に気がつかなかった彼女の方の落ち着き払った背中とのコントラストが、
よりその彼の表情のおかしさを引き立てていた。
「春の宵闇の中ではいろいろなものに遭遇するんだなぁ」
ある春の夜の出来事でした。

それでは今回はこの辺で。また