「古墳日誌」第三号




古墳日誌の第三回目です。 1998年は5月17日の次に丸墓山古墳に登ったのは7月23日になります。 思ったよりも丸墓山古墳の登頂回数は少ないです。 記録はほぼ毎日つけられているので、もしかしたら、 丸墓山古墳に登ったけれども 特に変わったことがない場合は記録に残さなかったのかもしれない。

1998年7月23日(木)

夕方、自転車で丸墓山古墳まで行って、丸墓山古墳に登った。 あたりは薄闇に包まれていて、 丸墓山古墳の頂上の北側の桜の下でヒキガエルを見つけた。 最初は薄暗い中でのことなので、 「石にしてはなんだか形が対称的なので、 もしかしたら何らかの生命体らしき物体があるなあ」と思い、 そっと近づいてしゃがんで見て みると、体調20センチメートルぐらいのヒキガエルだった。 僕はヒキガエルが大好きなので、 しゃがんだままゆっくり手を伸ばして捕まえようとしたけれど、 古墳の頂上を円く囲っている生垣の中に逃げられてしまった。 僕はあきらめて立ち上がると、 凝らした視線の先にもう一匹のヒキガエルがいた。 やはり、闇の中にじっと石みたいに座っていた。 僕にはヒキガエルが 何のために闇の中でじっと石みたいに座っているのか分からなかったけれど、 すべての行動に何らかの意味を見出そうとする人間の論理は、 ヒキガエルには当てはまらないのかもしれないと思い直して、 ヒキガエルの行動に対していちいち「何のために」と問いかけるのをやめた。

今度はたやすく捕まえることができた。 もともとヒキガエルは動作がとても鈍いのだ。 僕はヒキガエルを両手に包み込むようにして、 ヒキガエルの顔に僕の顔を近づけてみた。 ヒキガエルは逃げようともしないで僕の手の上に石みたいにじっと座っていた。 ヒキガエルの腹はさすがに変温動物だけ合ってひんやりとしていて、 やわらかくて気持ちよかった。

僕がヒキガエルの目を覗き込むようにするとヒキガエルは、 少し迷惑そうな顔をした。 大きな横長の口をぴったりと閉じて、 小さなビーダマみたいな目で瞬きもせずに、 ヒキガエルは無表情に、けれども露骨に迷惑そうな顔をした。 僕はこの表情が大好きなのだ。

僕が初めてヒキガエルに出会ったのは確か幼稚園の頃のことだ。 従兄弟の家の畑に芋を掘りに行ったら 畑の穴の中に大きなヒキガエルが冬眠の準備をしてもぐりこんでいた。 ほじくりだしてみても何の抵抗もしないしぴょんぴょん跳ねたりもしない。 ヒキガエルは歩くカエルで、 よほど危機的な状況に遭遇しない限り跳ねたりはしない。

再び穴を覗いてみるともう一匹いたので捕獲した。 二匹のヒキガエルは紐をつけて木に縛り付けておいたけれど 次の日にはいなくなってしまっていた。

ヒキガエルの魅力はなんといっても大きくておとなしいことだろう。 大型の蛙の中でも沼地に住む食用蛙(ウシガエル)はすばしっこくて、 手の上に載せてなでたりすることは難しい。 ヒキガエルは陸地に住んでいて、動作がとてものろく、 捕獲しても逃げようとはせず、少し迷惑そうな顔をするだけだ。

ヒキガエルは、夏の夜の田んぼの近くの街灯の下で良く見かける。 街灯に集まってきた昆虫を食べるために、 身動き一つしないでじっと街灯を見上げている。 その姿には、妙に味があり、存在感がある。 渋い渋い、自分の世界をしっかりと持っているかっこいいおじさんみたいだ。

僕はヒキガエルが捕獲されたときに見せる少し迷惑そうな顔や、 その奇妙な味のある存在感が大好きなのだ。 地元ではヒキガエルは「オカマガエル」といわれているらしい。 理由は良く分かりません。

僕はこの日、しばらくヒキガエルと戯れて、 古墳の頂上から曇り空の田園風景を眺めて帰った。 ヒグラシが鳴いていた。 このあたりではあまり鳴かないセミだ。

それではこの辺で。