「古墳日誌」第十五号




最近さすがに寒くなってきました。 けれども古墳日誌の季節は今と正反対の六月です。


6月2日(金)晴れ

学校帰りに北鴻巣の駅のところで、中高時代の友人で
中央の理工からSE関係の会社に就職したUに出会ったので、一緒に古墳に行った。

丸墓山古墳の上で、僕はペプシを飲みUは旭化成の作っている酒を飲んでいた。
Uの職場と面接のことについて話をした。

穏やかだけどしっとりとした風が吹いていて、
古墳の側面を覆っている草の葉を揺らしていた。
鮮やかな夕暮れではない。
空は赤く染まることなく、辺りの明度は失われてゆく。


6月3日(土)曇り

ランニングをしてから,古墳に向かった。
雨が心配されたので,傘を持っていったが雨は降らなかった。

土曜日のいつもより時間の早い6時半ごろだったろうか, カップルが2・3組歩いていた。
この前,僕を見て逃げていった猫がカップルと遊んでいた。
かわいくない猫だ。

丸墓山古墳の上で煙草を一服してから帰った。


6月4日(日)晴れ

古墳へはいつもより早い時間に向かった。
六時半ごろだった。

とても天気がよい日の夕方で,傾いた太陽の光が,
古墳の木々の所々にさしこんで,とてもきれいだった。
木の幹の西日に当たる部分だけが、赤みを含んだオレンジ色に浮き上がり,
有機物的な暖かみを帯びていた。

丸墓山古墳に登る前に時間があったので、
さきたま古墳群の北側に広がる田園地帯を散策してみることにした。
古墳群の北側の田んぼ道から,丸墓山古墳の写真を撮った。
水田が、鏡になって初夏の夕空を映していた。

古墳群にとって返し,丸墓山古墳に登る。
まだ少し明るいせいもあって,
たまにウシガエルが鳴くだけで,アマガエルの大合唱は聞かれなかった。
たばこを吸って,少しだるくなったので寝転んで,
夕方になって雲が出てきた空を眺めた。
最近,空を眺めることがめっきり少なくなった。
子供のころはよく空を見上げていたものだけれど・・・。
おかげで路傍の糞をよく踏んだものだ。

帰りには堤根(吹上町と行田市の境目の地名で、
石田堤はこの地点から決壊し、三成の忍城水攻めは失敗に終わったという)
に差し掛かったところで,日もすっかり暮れてきて,やっとカエルが大合唱をはじめた。
初夏の夕闇の中を、水田で鳴くアマガエルの声が響き渡る。


6月11日(日)雨のち曇り

7時ごろに古墳に向かった。
この日の午前中は雨で,午後は曇っていたけれど、
夕刻になって西の空が明るくなってきていた。

赤くなった西からの光に背中を押されながら、古墳に向けて自転車をこぐ。
不思議な色の光に包まれる。
この日のように曇りだと,雲のせいで空が低く、世界が狭く感じられて,
自分が世界に包まれているようで、とても落ち着く。

古墳の前のセブンイレブンでビックリマンを買いたかったが,
レジが女の子だったので買うことができなかった。
ビタミンウォーターを買って丸墓山古墳に登る。
今日は煙草を吸わない。
古墳の頂上には水溜りができていたので座ることができなかった。

長袖を着ていた。
肌寒いのでカエルの声はまばらだった。

僕が丸墓山古墳を降りるころには、もうすっかり暮れていた。


6月18日(日)晴れ

古墳に出かけた。
さきたま緑道で、昨日の鶏がまだ低木の茂みの辺りをうろちょろしていたが、
この日は無視してそのまま古墳に向かった。

マムシは見当たらなかった。

丸墓山古墳の頂上には少ししかいなかった。


6月21日(水)晴れのち曇り

午後7時に古墳へと自転車を走らせた。
曇りだったのでもう暗くなっていた。
けれども暗くはあるが,その夕闇を通してうっすらと浮かぶ風景を見ることができた。

この日の丸墓山古墳の頂上はいつもと雰囲気が違っていて、
頂上を周回しているときに何回か背後に人の気配を感じた。

暗闇は透明で、僕の視界は完全に閉ざされてはいなかった。
辺りがモノクロームの写真のように見えた。
うっすらと闇を通して周りを見ることができることが、
かえって僕の恐怖を増幅した。

今までに感じたことのない不気味さだったので,すぐに帰ることにした。


7月1日(土)晴れ

夕方、トレーニングを少ししてから古墳に行くことにした。
外は西の空の一角が,うすい肌色よりも少し赤みを帯びたような色に染まっていた。

虫が物凄く多い。
自転車をこいでいると断続的に虫の群れに突入して,顔に当たってくる。

丸墓山古墳の入り口のところで、桜並木のトンネルがいつもより暗く感じたのでひき返した。


7月2日(日)晴れ

トレーニングをして古墳に向かった。

夕立のおかげで昼間の熱気は持ち去られて,ひんやりとした空気と入れ変わっていた。
この日の空は雲が多かったが、その切れ目からは濃い青色をした空が覗いている。
空の蓄えた光を受けて,雷雲の残骸も群青色をしていた。

古墳の森の中を通っていると,突然巨大な鳥が飛び立った。
翼を広げた大きさが2メートル近くはあろうかというほどの巨大さであった。
巨大な鳥が飛び立つのを見るのは、
なんだか僕の前途の暗示としてはなかなかのものだと思ったので,
僕は巨大な鳥の飛翔を僕の将来のように勝手に受け止めることにした。

この日も長い黄昏時である。
昼の間、空は十分に太陽の光を吸収したのか,
日没してしばらく経ったこの時間でも,
空は太陽の残光をたたえて,ぼんやりと明るくなっていた。

古墳の林の木陰の道を,前から恋人達が歩いてくる。
冷たく,雷雨の後の湿り気を含んだ闇のなかで,
女の着ている白っぽい洋服がぼんやりとやみに滲んで広がり、揺れた。

丸墓山古墳についた。
丸墓山古墳に来るのは久しぶりだ。
ウシガエルが突然泣き出したのに少し驚く。
丸墓山古墳は随分草が伸びて,頂上に続く階段を覆うようになっている。
ゆっくり階段を登り頂上にたどりつくと,突然女の声がして,
目を凝らして声の方向を見ると,桜の木のしたの木の切り株にカップルが座っていた。
いつもは北側に行くのだけれどカップルのそばを横切るのも気がひけたので、
丸墓山古墳の南側の階段の上に立って,濃い青をした世界を眺めた。

南の空の一角で、オレンジ色の雷光が走っていた。
夏になると古墳の頂上から花火が幾つも見ることができる。
僕は去年,古墳の頂上から見た花火を思い浮かべていた。
もうすぐ夏祭りの季節がやってくる。

古墳の頂上から、遠くで打ち上げられている花火を見るのは悪くない。
孤独感に浸りながら,音も無く燃える花火を見ながら去り行く夏と,
自分についてじっくりと考える。
それから過ぎ去ったいくつかの夏の記憶を思い浮かべる。
それらのいくつかの記憶群は僕を悲しませたり,
これからの人生に微かな希望を抱かせてくれたりする。

この日の丸墓山古墳からの風景が,
去年の夏に古墳の上から見た打ち上げ花火を思い出させたのはなぜなのだろうか。
夕立の後の,空気が冷たく,雲の多い空が深い青色の光をたたえている・・・。
こういった光景が夏祭りの頃を思わせ,それから遠くのオレンジ色の雷光が,
花火のアナロジーだからなのかもしれなかった。

7時35分まで僕は青い薄暮の光景を眺めて,階段を降り,
桜並木のトンネルが抱え込んでいる闇の中にもぐりこんだ。


今回はこの辺で。 また次回。