アントニオと出会った日
とりあえず、現物を見てみようと思い立った2001年2月3日、東京で楽器みるならこの街、御茶ノ水へ向かった。JR御茶ノ水駅から神田へと続く広い通りの両側には楽器屋とCD屋が数多く並んでいる。思えば、10年来憧れ続けてミュージックマンスティングレイベースを買ったのもこの楽器街の店やったなあと思いつつ、目指したのは「イシバシ楽器」。
都内と全国に支店を持つ楽器店「イシバシ楽器」。御茶ノ水にも数店があるこの有名店にブズーキの現物在庫があるかどーかの確証はなかったのだが、かすかに期待はあった。同店のHPの通販コーナーに民族楽器もあってそこにアイリッシュブズーキも出ていた事があるからだ。価格は7万円弱だったと思う。この値段で店頭にあっても手を出すかどうかわからなかったが、とりあえず現物を見て試奏してみて楽器のことをあれやこれや店員に聞ければいいなと思っていた。なんせこれまで現物を見たのは2台だけ、ドーナル・ラニーが弾いているのを数回とこの4日前のヒートウェイヴのライブで山口洋がかき鳴らすのを見ただけなのだから。
まずは御茶ノ水駅から一番近い「イシバシGuitars」へ。えっっと、あるとすればアコギのコーナーあたりにマンドリンとかバンジョーがあってそこいら辺かなーと見るがあの独特のボディ形状〜洋梨型というかハクション大魔王の壷というか〜は全然見当たらない。だらだら見ていても仕方ないので店員さんに聞く。「う〜ん、入ったり入らなかったりなんですけど、、、ロックサイド(別の店舗)にあるかも知れません」という事で「ロックサイド」へ。でアコギコーナー周辺へ。お、民族モノが結構あるぞい。ボディにアルマジロの甲羅を使ったチャランゴもある。でもやっぱり奴はいない。店員さんに聞く。「う〜ん入ったり入らなかったりですねー」ってそれはさっきも聞いたっつうの。「大体、数万円から十数万なんですが、アイルランドの職人さんに頼むと半年待ちとかなんですよねー」「そうですよねー」ってまあそれは分かってはいたのだが。。。「絶対数が少ないですから」と追い討ちを掛けられて店を後にする。
その他の店は特にあてもなかったのでショーウィンドにならぶレスポールやらを眺め、CD屋を覗いたりしながらなんか面倒くさくなったのでウチに帰ることにした。御茶ノ水から地下鉄丸の内線に乗り池袋で乗り換える。乗り換えついでになんとなくTOWER RECORD池袋店に寄ってこうと思い立ち、同店が入っているパルコビルへ向かう。エレベーターの前まで来て案内板を見るとタワレコの1階上が「イシバシ楽器池袋店」になっている。全然期待はないけど念の為に寄ってみることにした。立ち並ぶエレキギターの間を抜けてアコギコーナーへ。コーナー入口あたりにマンドリンやバンジョーが並んでいる。コーナー奥へ。。。あるわけないわなと思いコーナーから出ようとすると「あれ?」入ってきたときは気付かなかったけど入口のとこ隠れるようにして立ててある楽器がある。こ、こ、こりは?このボディ形状、ヘッド部を見ると8弦分のペグ。。。にゃにゃにゃ?ブズーキやんけぇぇ!慌ててボディ裏をチェックする、フラットバック。まさしくアイリッシュブズーキ!え?いくら?値札が付いていない。なんじゃこりゃ店の備品か?訳がわからんが近くにいた店員に「こ、これいくらですか?」と聞く。「えーっと値札付いてませんねえ」と店員。だから聞いとんやんけ。「ちょっとお待ちください」と別の店員を呼んできた。「えっといくらだったかな?たしか仮売約が入ってるんですよ。ちょっと待ってください」と調べに行ってしまった。な、売れてしまっているのか?くっそー。と思ったが少し冷静になってモノをじっくり見る。ヘッドにロゴなどは入ってない、ピエゾ(ピックアップ)が入っていない「生」だ。外見に傷などは一切ないがどうやら新品ではないようだ。うーっむ、しかしボディサイズといい全体のバランスといい、理想の形である(ブズーキには結構色んな形状がある)。値段を調べに行った店員はまだ戻ってこない。残った店員に「試奏してもいいですか?」と聞いてみる。あ、いいですよと椅子のあるところまで楽器を持っていってハイと手渡される。あら?チューニングは?できてるの?と思いつつ、まあええわと思いとりあえずジャラ〜ンとやってみる。おお!なんかええかんじ。鳴りはなかなかええぞい。えっとえっとチューニングはどうなっとんだ?いつだか海外のブズーキサイトにチューニングが紹介されていて、ギターをそれに合わせて遊んでみたことがあったがすっかり忘れてしまっていた。2本の弦が一組(コース)になっていて4つの音が並ぶ事は分かっている。で一番低いコースと隣が7フレで合ってるから5度差でその次ぎも5度、最後は5フレで4度。う〜っむギターやウクレレとはちょと違うぞ。しかし複弦の響きがいいのお。12弦ギターみたいや。ちょいとアラビア〜ンな音がする。わからんままに弾いてるうちに店員が戻ってきた「仮売約だったけどキャンセルみたいです。値段は3万7千8百円です」ええ?4万しないのかい?安いやん、ええ値段やん。うううどーしょーと思いつつ色々聞いてみる。どうやらこいつはイタリア製らしい。やはり中古。教則本とカセットが付きますだって。ぬぬぬいたれりつくせりではないか。最初に買うならこのぐらいの値段がいいのよねーと思っていたのだ。10万クラスの奴をいきなり買って弾けんかったら嫌やし、大体そんな高い買い物を奥さんがいい顔するわけない。ムムムムしかし4万なら、、、ううう。なかなか巡り会える楽器やないし、よし!買います!ください!「ありがとうございます。民族楽器なので保証は付きませんが」と店員。いいって事よ。気にすんない!
意気揚揚と店を出る。専用のソフトケースも付いていた。高校のジャージみたいな変な水色である。JR埼京線に乗り帰路を急ぐ。しかしまあ、数年間欲しい欲しいと悩みつつ思ってきたが手に入る時はあっけないものよのう。最近読んだ「陰陽師」という漫画の中に「玄奘」という名の琵琶の名器が登場する。こいつには精霊みたいのが憑いていて、弾いてやらないと「遊んでくれい」と背中に張り付いてきたり、機嫌が悪いとマトモな音を出さなかったりする。このブズーキはまるで迎えが来るのを待つようにあの楽器屋のコーナーの角っこに居たみたいだ。そして気付かずに通り過ぎようとした時に声を掛けてくれたのではないかという気がする。よし、お前にも名を授けよう。イタリア製だと言っていたな。お前の名はアントニオだ。よろしくな。
駅の出口を抜け、自転車置き場へ。あ、別に買うつもりなかったからチャリで来たんや。背負えるかな、アントニオ。ケースのストラップ伸ばしてドリャ。あ、担げるやん。ボディがちっこいから全然大丈夫。颯爽とブズーキ担いだ男がチャリで行く。道行く人には三味線かなんかのラケットでも背負っているように見えたであろう。冬の一日。比較的暖かかった日の風景。<2001.02.12>

●イシバシ楽器HP


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