今は昔。
希代の傀儡師として知られる一人の魔技がいた。
魔技の名はゲイルグリーシェ。
彼はそれだけしか名乗らなかったが、「ゲイルグリーシェ」とは仮の名であり、「ゲファルトルード・アルマティア・セヴィルディッヒ」と言う高貴なる本名を持っている……のではないかともっぱらの噂である。
その日、ゲイルグリーシェは一人溜息をついた。
傀儡師であることを忘れさせるほどの美貌のゲイルグリーシェ。
彼の吐息は美女の接吻よりも甘く、目を伏せてたたずむ姿は匂い立つ薔薇よりも麗しい。
「憂いのままにたたずむ姿は魅惑的だが、そなたに暗い顔は似合わぬぞ」
ゲイルグリーシェの背後で声がした。
傀儡師はぴくりと肩を震わせて振り返る。その眼差しは緊張感をはらんでおり、それがまたゲイルグリーシェの硬質な美貌を引き立てる。
「我を歓迎してはくれぬのか?」
月の光を背に受けながら、突然の侵入者はゆったりと近付く。
夜風がマントを揺らし、侵入者に媚びるように周囲を舞った。ゲイルグリーシェは目をそらして艶やかな髪をかき上げた。
その顎に長い爪が触れ、続いて触れた指はぐいと傀儡師を上向かせた。
「久しいな。麗しき傀儡師よ」
「……何か御用でも? ホロヌィギ様」
ゲイルグリーシェの冴え冴えとした目が、偉大なる魔技を見上げる。ホロヌィギは唇を歪める笑みを浮かべた。