遊びすぎた。

昔つるんでいた連中と鷲神社の境内で落ち合い,とても手が出ないような立派な熊手を,てろっとした着物を着たお大尽連中が買うのを冷やかして,ついでに商売繁盛の福のおこぼれを頂戴したあと,屋台で熱いのを引っかけた。

もうそろそろ一重ではやっていられないくらい寒くなってきた。

そうはいってもこってりしたあわせや,熊手を買っていくお大尽たちのようなてろれんとした上等の着物の持ち合わせはない。
せいぜい熱燗の安酒を飲んで体を温めるくらいが関の山だ。

職人としてはそれなりに腕がいいとは思っている。親方も見所があるといってくれてる。そうはいっても,稼ぐ金は知れている。
昨年所帯を持ち,食い扶持が二人になったと思いきや,この夏から女房の腹が膨らみだした。
赤ん坊はかわいい。生まれてくるのを指折り数えてはいる。
しかし,子供が生まれてくれば,今でもきゅうきゅうの生活がさらに火の車になる,それも,わかっている。
わかっているが,考えたところで仕方がない。嘆いたところで金が儲かるわけではない。

だから,今生きていくこと,そして,女房がいい子を産めるように少しでもいいものを食わせてやること,そればかりを考えている。

せっかくのお酉さまだから,気晴らししておいでなさいな,と女房に言われて遊びには来たものの,長居をする気はなかった。
つわりがやっと終わったとはいえ,女房を夜ひとりで置いておくのは不安だし,何より無駄に使える金はない。仲間と駄弁って軽く酒を飲んで,すぐに戻るつもりだった。

つもり,だったのだ。

屋台で飲みすぎたのか,一緒にいた仲間が悪かったのか,ずるずると浅草から徒党を組んで,赤い門をくぐってしまったのである。
冷やかすだけならまだいいと自分を納得させていたのが,さらにずるずると切見世の遊女に引き寄せられ,いつの間にやら登楼し・・・。

おしろい臭いせんべい布団から這い出したときには大門の閉まる太鼓が聞える時刻。ついでにさいふはすっからかんになっていた。
お祭りだからと女房が持たせてくれた銭,使いやしないからそのままもってかえってくらぁ,と笑って受け取ったその銭は,岡場所の銭函におさまってしまった。

それでも気がせいて,せいぜいとっとと夜道を駆けてきたのであるが。

うちにはまだ灯りがついていた。
がらがらっ,と引き戸を開けると,女房がお帰んなさいと声をかけてきた。
なんと言うことはない,普通の調子である。

おう,とえらそうに応えてみたが,どうにも居心地が悪くて,足を洗ってあがりこみ,酔ったふりをしてのべてあった布団を蹴飛ばすようにしてごろりと転がった。
この深更のご帰還である。さらに女は鼻がいい。酒のにおいもさることながら,だんなにまとわりつく安っぽい白粉のにおいくらい,嗅ぎ分けてるに違いない。

それでも女房は何も言わない。乱れた掛け布団をそっとなおしてやると,また灯りの下に戻った。
頼まれ仕事の縫い物をしているらしい。

どうにも居心地が悪くて,さりとて狸寝入りの高いびきをかくほどの度胸もなく,やはりここは謝ろうかと,背を向けていたのを寝返りうって女房の方へ顔を向けた。女房は気づかず横顔を見せている。
しまいの湯にでもいったのだろう,女房は髪を結っていなかった。滅多に見ないおろし髪はつやつやとしている。
暗い灯りに身を寄せるようにして縫い物を続ける横顔が,ほのかな光りを受けて浮かび上がるように見える。
その唇が,紅もささないのにきれいに赤い唇が,ふと,笑ったかたちになった。

  

凍りついたようにその唇を見つめたが,所詮勝てるものではない。

謝ることすらできないまま,自業自得の眠れない氷の夜を,男は過ごすしかないのである。

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