020131 May I help you?

秋も中ごろのある早朝。

まだ少々時間があるのを確認して駒沢通りを抜ける道に遠回りすることにした。
ちょうど銀杏並木が見ごろで,この時間なら鬱陶しく駐車している車も居ないことだから,快適に走れるだろう,とそう思ったからである。

駒沢公園の銀杏並木が遠目にも綺麗に色づいているのが見えてきて,かなりに気分をよくしてクルマを走らせていた。

交差点を抜けて,大通りが見通せるところまできたとき,ふと,車線を横切ってとまっているワンボックスが目に入る。
ワンボックスの脇にはリヤカーがあるのも見える。
いったい何が起こったのだろうかととりあえず減速して近づくと,ワンボックスの中から見るからに怪しげな兄ちゃんが登場して,車を止めろというアクションをする。

止まりたくはなかったけれど,このまま走ってもワンボックスに当たりにいくだけだから,仕方なくブレーキを踏むと,にいちゃんは運転席をノックしてきた。
ひげ面のどう見ても善良そうな普通の人に見えない外見の兄ちゃんは大変に不気味だったのだけれど仕方なく窓を細く開けると,だみ声がはいってくる。
「わりぃけどぉ,ちょっとだけ止まっててもらえっかなぁ。すぐおわっから。」

道路工事をする雰囲気にも見えないし,いったい何が終わるのか,それ以前に何がおっぱじまるのかも分からずに,仕方なくうなずくと,兄ちゃんはどうもぉといってワンボックスのほうに合図する。

リヤカーには人が居た。ハンディカメラのようなもの(そう見えた)を構えた男が座っている。もう一人の頑丈そうな男がリヤカーを引く体勢で準備をしている。

「よぉい,スタート!」

掛け声とともに,開けっ放しだった窓の隙間から,悲鳴が届いてきた。
「いやぁぁぁ,やめてぇぇぇ,たすけてぇぇぇ」
あ?なんだと?

ワンボックスの陰から走り出してきたのは,ねえちゃん。
助けを求めて叫びながら手を振り回してこっちに走ってくる。
同時にリヤカー男がダッシュを開始し,カメラ男がねえちゃんにカメラを向ける。
ワンボックスからは,少し遅れて男がもう一人,走り出してきてねえちゃんを追いかける。

これだけの動きが,ごく緩慢に行われている。
まずはねえちゃんが遅い。その姿を捉えるカメラの移動装置があまりにしょぼいために,遅く走れと指示されているのかも知れないが,とにかくとろそうに走る。
手の動き(ばたばた振り回す)と,叫ぶ声(いやぁ,やめてぇ,だれかぁ,たすけてぇ等)はなかなかに派手なのだが,いかんせんよろけるようにとろとろと走る。
そのねえちゃんにあまり早く追いついてはいけないスタンスなのであろう追っかけ役の男のほうも同じペースでとろとろと追っかける。顔の表情だけは夢中そうだったけど。

細かく見えましたよ。何しろクルマのすぐわき走ってくんですからね。とろとろと。

四人の動き見てるだけでも十分に興味をそそられるんだが,その上に,もうひとつすばらしく目を引く事実があった。

その事実とは。

ねえちゃんはハダカであった。
結構に寒い中,身に着けているのはなぜかルーズソックス。それも片側だけ。
ものすごく,怪しい。
彼女のスタイルがよいか悪いかは個人の趣味だろうが,少なくとも文句なく,でかかった。
手を広げてばたばた駆けっこするものだからもうゆさゆさである。
かなり近い距離で観察したから,でかかったのは間違いない。

わたしのクルマの脇を過ぎたあたりで,敢え無くねえちゃんは後ろから来た鬼畜男(という設定と見た)に追いつかれ,かわいそうにアスファルトの上に押し倒されてしまったのである。
「いやぁぁぁ,たすけてぇぇぇ!」
ああ,ねえちゃんの運命やいかに。

「カーーーッット!」

リヤカーから声がして,行く手をさえぎっていたワンボックスが動き出した。逆行してねえちゃんと男を回収しに来る。
またさっきの男が降りてきて,大声で,もういいよ,どうもねぇ,なんて叫んでくる。

言われりゃ仕方ない。動くしかない。

かくしてわたしはAVゲリラ撮影現場(だとしか考えられない)を目の当たりにして呆然と職場に向かったのであるが。

あのAV,やっぱし商業目的だったんでしょうか。
ある程度出回ったんでしょうか。
暴漢に襲われて助けを求めて逃げ惑うねえちゃん(だけど最初っからすっぱだかというのはかなり苦しい設定だと思うが)を追っかけるカメラの視野のどっかに,間抜け面した赤いサーブが写ってたりしやしないだろうか。
設定上無理があるだろうし,カメラの狙いはねえちゃんだから,まあそれはないと思うんだけど。
あのとろとろゆさゆさのバックに,自分のクルマ写りこんでたりしたら,かなり最低だよ・・・なぁ。

乗ってるクルマも赤から青に変わりましたが,いまだに銀杏が色づくころにその道を走るたびに思い出す,妙で貴重な体験のお話です。

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