庄野隆司編


 痛いほどの快晴の日、俺はやはり存在した。生きているのが面倒でも生きるしかない。そんな毎日を過ごしていた俺の名前は庄野隆司。どこにでもいる一般的な中学2年生だ。俺を一言で形容すると、『普通』だろう。友達は少ない方で、成績はいつも真ん中くらい。運動系でも特に悪かったり、良く出来たりしなくて、クラスの中でも本当に目立たない。恐らく将来は「普通」の大学へ行ってそのまま「普通」の会社へ就職。「普通」の女性と結婚して「普通」の子供のいる「普通」の家庭を築いて特に大きなこともせずに死んでいくのだろう。そういった人生は嫌いではないし、むしろ好きな方だ。やる気たっぷりで機械みたいにたくさん働かされる生活を好き好んでする変わり者の父親を見ていたから自然にこうなったのだろうか。だが、一つだけ言っておきたいのは、俺は本気でやればなんでも人より出来る。勉強だって運動だって、もちろん音楽や美術などもトップクラスを取れる自信はある。ただ、ことわざにもある通り「出る杭は打たれる」のだ。不必要に目立つことなんてバカらしいことをするのはせいぜいあいつくらいのものだろう。

 今日は始業式。1年の中で最も長い2学期と言う面倒なものの始まりの日だ。今日学校へ行く時にはまるで、死刑台へ向かう死刑囚の気持ちだ。こういうことを言うと、学校は楽しいのに、とか、嫌いだけどもさすがに死刑は言いすぎだろう、と思う奴も多いだろう。それは人それぞれだから否定はしないが、少なくとも俺にとっては退屈で仕方ない、学校などというものへ行くのは 苦痛以外の何者でもない。仮病を使って休むことも考えたが、休み過ぎるとむしろ目立つことになる。俺は昔から「無遅刻無欠席」というものを何年も連続でとってきたが、もちろんやる気があるわけではなく、その方が目立たなくてよいからだ。

 始業式といえば、校庭へ行ってお決まりの退屈な校長の話の後に、部活をやっていない者には関係のない夏休み中の部活の表彰などがあり、最後に教頭からの注意事項があって終わりだが、今回だけは違った。注意事項の後に、司会役の脳味噌まで筋肉の体育教師が
「今日は君達にお知らせがあります。今日から君達と一緒にうちの学校で勉強をすることになった子を紹介します。転校生の、春日俊一君です。」
と、普段は使わない丁寧語で話した。今日から一緒に勉強する、なんて言ったらすぐ転校生だってわかるのに、だから体育教師は要領得なくて嫌いなんだ、なんてことを考えながらふとそちらを見てみると、退屈で眠かった俺が一気に目が醒めた。名前の通り春日俊一とは男の子だが、整った顔立ちと赤みがかった綺麗な髪、そして何より大きく澄んだ目から神秘的な雰囲気が感じられた。名前を聞かなければおそらく女だと思っただろう。(最も、服装で判断できるが)別に、だからどうというわけではないが、なぜか俺の目はそちらに釘付けになった。あれが女だったら『一目惚れ』というやつなのだろう。体育教師の話はまだ続いていて、
「というわけで春日君は今日からうちの学校でともに勉強をしていきます。同じクラスの人は特に、仲良くしてあげてください。」
と、また一度言ったことを繰り返す頭の悪い話し方をしていた。だが今はそんなことはどうでもよく、あの子がどこのクラスに来るのかしか興味がなかった。隣にいた名前も知らない奴に
「なぁ、あいつどこのクラスに入るんだ?」
と聞くと、
「やる気ないなら話くらい聞いてたら?うちのクラスって高橋先生言ってたじゃん」
と皮肉付きで返してきた。「そうか、こいつは嫌な奴だったか、今度からはこいつには話し掛けないでおこう」という気持ちと、「高橋に先生をつける奴がいたのか」という気持ちと、「よく考えたら同じ列だった。皮肉で返したのは掃除をサボりまくってるからかもな」という気持ちが一斉に入ってきた。そしてその2秒後くらいに、『同じクラス』という情報が入り込んできた。
 ひとまず呆然と立ち尽くしてしまい、その後その実感が湧いた。
「そうか、同じクラスだったのか」
と、自分にしか聞こえない声でつぶやいてから走って教室へ帰った。その後皆が揃うと、担任に続いて転校生も入ってきた。
「みんな話を聞いていたとは思うが、転校生の春日君だ。一日も早くクラスになじめるように皆も協力してくれ」
とだけ言って、あとは本人にバトンタッチをした。
「春日俊一です。よろしくお願いします」
とだけ言ってお辞儀をして終わりだった。まわりの奴は小声で「なんか愛想ないなぁ」なんて言っていたが、その方が秘密を秘めた気がして良く似合っていると俺は思う。

 担任は、すぐに終わってしまった自己紹介に驚きと焦りの色を隠せない感じで席の指示をしていた。指差したのは1学期まではなかった俺の隣の机だった。今初めて気づいてびっくりしたが、それよりも俺の隣にあいつが来ることに驚いた。そちらをじっと見ていると目が合い、向こうがお辞儀をしてきたが、俺は何をしてよいのかわからず、とりあえず中途半端なつくり笑顔をしておいた。今日は始業式の為、その後宿題を集めて担任の話が終わるとそのまま帰れた。

 転校生とは、とかく人気者になるもので、担任がいなくなるとすぐに春日の周りに人が集まった。様々な質問をしているがあの中に入っていくのも馬鹿らしいのでそのまま一人で帰ることに決めた。校門を出た辺りで、することもなくぶらぶらしていると、突然クラス内で忙しいはずの春日が追いかけてきた。
「庄野君だっけ?帰る方向同じだから一緒に帰ろう。」
と言って隣に並んで歩いてきた。クラス内で見た彼とは違って、なんとなく子供っぽくて、何が起こったのがわからない、という顔をしていると
「ああ、クラスで見た僕は嘘。一応猫かぶってるんだ」
と簡単に言ってのけた。猫をかぶると言うことは何かしら理由があるはずだが、なんで初日から俺に暴露しているのか。よくわからなかったが、なんとなくそれを聞く気にはなれなかった。家へ着くまで春日はずっと話し続けで、よく喋る奴は嫌いなのだが、なぜか春日のそれはむしろ心地よかった。

 次の日から、俊一はいつもクラス内では静かだが、昼休みは俺と一緒に誰も来ない、俺しか知らない場所へ言って弁当を食べながらずっと喋っていた。特に趣味のない俺に喋りつづけるのは容易ではないと自分でもわかっているが、それでも春日は簡単にやってのけた。それまでは一人きりになれる昼休みのそこが好きだったが、その日からは楽しい気分になれる屋上が好きになった。

 ある日、いつものように秘密の場所で弁当を食べていると、それまで昨日のテレビドラマの話をしていた俊一が急に黙り込んでしまった。(話を聞き流していた俺はそれに気付くまでに数秒かかったが)俺は不思議に思ってそちらを見てみると、いつになく真面目な顔をしていて、まるでクラス内にいるようだった。「どうした?」と聞くと「あ、ごめん」と謝って、その後も黙ったままだった。下校中に聞いてみると
「僕は、両親の都合でよく転校してきたんだ。友達と呼べる存在は多分庄野君が初めてだと思う。だけど、今回もクラス内ではまだ怖くて他の人には話し掛けられない。楽しい毎日、僕が目指すのはそれなんだ。」
そう言った俊一は本当に悲しそうだった。
「俺が作ってやる、楽しい学校、楽しい毎日。学校へ来ることが面倒じゃなくて、休みの日が嫌になるくらいの学校にしてやる。」
と、無意識のうちに頭の中に浮かんでくる言葉を考えないで発した。俺はここまで熱く語ったのは14年の人生で初めてだった。そして、多分これからもこんなことはないだろう。「本当に伝えたい言葉は考えたものではない。感じたもののことだ」これは俺の自論だが、これに従っているとすれば、今回のセリフは本当に伝えたいことなのだろう。それだけ俊一が好きだ。
「ありがとう!」
と顔一杯に笑みを浮かべ、それからはいつもの俊一に戻った。

 一人になって考えてみると、簡単に言ってのけてしまった『楽しい学校の実現』は具体的な方法が見つからない。その為に色々と策を練っている毎日が一週間ほどたったある日、事件は起こった。うちのクラスの学級委員、相良良太は目立ちたがり屋で、成績でも運動でも人望でも常にクラストップを取っていて、整った容姿も俊一に匹敵するくらいだ。昔は仲が良かったのだが、些細なことですれ違いが起こり、今では全く話さない仲になっている。「なんでもできるのにそれを鼻にかけていないからいい」というまわりの評価があるが、俺に言わせれば全然そんなことはなく、あんなに自己主張のしたい男は他にいない。自分から学級委員になりたがるという辺りも、「人のやりたがらないことを引き受けてくれた」と言って皆から賞賛を受けたいたが、本当はあいつは学級委員という普通の人間よりも一段上の立場に立ちたかっただけなのだ。なんでもできる優越感に浸っているが、それを外に出さないだけで、奴の本性はホラ吹きだろうと思う。そいつが俺達に突っかかってきた。
「君達はいつも昼休みになると決まってどこかへいなくなるが、一体どこへいっているんだ?」
と、お得意の余計なことの詮索を始めた。例の、猫かぶりの為に何も言わない俊一の前に出て、俺は冷静さを崩さずに反論した。
「余計なお世話だ。俺達がどうしていようと勝手だ。」
「そうはいかない。学級委員として有事の際には責任をとる義務があるんだ。せめてクラスメイトの行動くらいは把握していないと不安だ。それに、転校生が一人だけと付き合っているのはクラスに馴染みづらいので出来れば避けたい。」
「そういう無駄な責任感を持つ暇があったら机に向かってお勉強でもしているといい。クラストップを維持しつづけるのは大変だろ?」
「話をそらさないでくれ。これは僕の為だけじゃない。先程述べた『有事の際』に一番辛いのは僕じゃない、君達なんだ!」
「だからどうした。俺達は自己責任で行動している。そうやって学級委員という立場で好きなだけ権力を振りかざすのは勝手だが、それならそうとはっきり言え!お前の自己満足なのに善人面して他人に干渉してくるな!はっきり言って迷惑なんだよ!」
当初は二人とも冷静に話していたが、終わることにはお互い真っ赤な顔になって怒鳴りあっていた。ここまで話して次はどうくるか、と身構えていると、以外にも相良は急に静かになって
「君はそう考えていたのか。僕は真剣にクラスのことを考えていたのにその様に思われていたのは残念で仕方がないよ。」
と言い残して教室を出て行った。彼を追いかける数人のクラスメイトの他は、皆軽蔑のまなざしを俺に向けた。
 なるほど、そういう魂胆か。もし口論で勝てれば俺に恥をかかせられるし、春日との仲が少し悪くなって、より俺を孤立させることが出来る。もし負けそうになってもこうすることによってクラス内の同情をひいてこれから、本番へ向けて自分の立場を有利にしておくと言う布石を敷ける。元々人望の厚い奴の勝利は磐石と言うことだな。汚いじゃないか。この勝負、受けた時点で俺の敗北は既に決定していたんだ。あいつはずるい、汚い。聞いてくれよ皆、あいつはそんな奴なんだ…そう思うと涙が溢れてきた。留まることなく出てくる涙は抑えることが出来ず、その場で崩れてしまった。しかし、まわりの人間からの同情や哀れみの視線はなかった。

 それまで一人だった俺は孤独なんかにはとっくに慣れていた。それに、今は俊一がいる。ところが、そこから事情が変わった。俊一が全く話し掛けてこないようになり、昼飯に誘っても「今日はお腹痛いからいいや」と断られ、帰りも一人で早く帰ってしまうようになった。俺は訳がわからなかった。俊一もあのケンカのときの俺はひどいと思ったのだろうか。いや、俺達の仲を、楽しかった日々を守ろうとしただけだ。それがなんで…と思って帰る途中で泣いてしまった。1日に2回も泣くなんて初めてのことだ。そこまで俊一によって俺は弱くなっていたのだろうか。『人は恵まれた環境に一度慣れてしまうとそこから元の環境へ行くときの苦しみは並大抵の物ではない。』ということを聞いたが、それがまさかここまでだとは思わなかった。なんでこうなってしまったんだ…涙で前が見えないくらいになってしまった。

 翌日、俊一を呼び出して問いただしてみた。
「なんで俊一は俺を避けているんだ?」
「僕が原因で相良君は庄野君を憎むことになった。僕は不幸を呼ぶ。それなら僕はトオイトオイドコカへイクベキナンダ…」
と、最後の一文だけ何故か棒読みだった。
「それがなんなんだ。あんな奴との関係なんて俺は全然構わない。逃げる必要ないじゃないか。」
「それに…庄野君、『楽しい学校を作る』って言ってたのにケンカしたから…」
「だからなんなんだよ、あれは仕方ないだろ。俺はあいつに非があると思ったからそういう行動に出ただけだ。お前との関係が崩れたくなかったから、そのまま仲良くしたかったから、俺が護ったんだ。」
「でも、そんなの『楽しい学校』じゃないよ!他人といがみ合ってまで僕は庄野君と仲良くしたいとは思わないんだ!」
そう言って俊一はその場から走っていった。俺は呆然としたただ簡単に、バカみたいに考えていた『楽しい』はなんて自分勝手なんだ。俺は自分達のことしか考えていなかった。当時、俺達は楽しく過ごしていた。だからそれを維持するために、邪魔するものは全て俺が排除してあいつを護ってやる、それが俺の出した答えだった。だが俊一は違った。俊一は『みんなが楽しく』過ごせる生活を考えていたのだ。確かに俺としか付き合わない生活、そんなのつまらねぇな。そうだよ、俺なんてそんなもんだ。自信過剰だった、俺一人で何でもできるなんて考えていたのは…その場で俺は立ち尽くすしかなかった。

 俺はそのまま教室へ向かった。俊一は一瞬俺に目を向けるとすぐに目を逸らした。俺は関係ない、と言う風を装って相良のところまで向かった。そして膝を突き、土下座をして、
「昨日のことはすまなかった。俺が全て悪かった。謝っても謝りきれないことだとはわかっているが、本当に反省している。」
というと相良は驚いた顔をして何も言わなかった。まわりからは「スタンドプレーって醜いな」とか「今さら何を言っているんだ」なんていう声が聞こえた。そして相良は俺を一瞥し、その後何も言わないでどこかへ行ってしまった。俺は惨めで、情けなくて、恥かしくて、泣きたい気持ちになったが、ここで泣いたらより惨めになってしまうので泣かないように努力をした。

 その後、『楽しいクラス』実現の為に、今までクラス内でほとんど交流がなかった奴とも積極的に話し掛けるようにし、丸い関係を築くようにした。しかし、あんなことがあった後、まわりの反応は非常に冷たく、もしかしたら、と思って始めた行動も完全空振りだった。その後、一つの物事に限らず何をやってもうまくいかず、そのうちに俊一とは一言も話さないうちに再び転校していった。俊一が与えてくれた物は、一時の友達と、それまでは『普通』と呼ばれる人間だったのが、『負け犬』と人から称されるほどのダメ人間にしてくれたことだった。

 「トオイトオイドコカへイクベキナンダ…」彼が片言で述べたその一言が何度も繰り返し囁かれた。友達の様に付き合っていても最後まで「庄野君」と呼び捨てにしなかった俊一が印象に残る、痛いほどの快晴の日…


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